「自己決定」の弊害を露呈させたNHK「ネタドリ!」の性教育特集
◆性倫理欠如に触れず
昭和30年代生まれの筆者が中高生時代、「生徒は性行為をしてはいけない」と、教師が指導するようなことはなかった。その性倫理は常識として生徒たちに共有されていたので、学校で生徒の性行為が問題になるようなこともなかった。
当然、妊娠を防ぐための避妊の知識も必要なかったし、そんな教育を受けた記憶もない。高校生くらいになると、性行動で指導される男女生徒がいたのかもしれないが、それでもって「正しい性教育をしよう」という声はどこからも出なかった。
いきなり性の話になったのは、5日放送のNHK総合「首都圏情報 ネタドリ!」を見たからだ。この日のテーマは「いま注目の“性教育”正しい知識 どう身につける?」と銘打った性教育だった。
今、関連本の出版が相次ぎ、若者に人気のユーチューバーも登場するなど、性教育が空前のブームなのだそうだ。背景には中高生の「予期せぬ妊娠」が増えている実態がある。データを示せば、15~24歳の予期せぬ妊娠は年間9万件以上にも達するというのだ。
深刻な事態であるが、それ以上に、この番組を取り上げようと思ったのは、時代の変化があるにせよ、性教育を考える上で、その視点にあまりの偏りがあったからだ。
番組は終始、予期せぬ妊娠を防ぐため、学校でコンドームの付け方をはじめ正しい知識を教えることを強調した。つまり、若い世代の妊娠は、知識不足からきているという前提条件で話が進み、性倫理の欠如には触れなかった。
◆マッチポンプの対応
確かに、筆者の学生時代とは違い、インターネット上には、間違った情報も含め性情報があふれているから、正しい性知識は必要だろう。しかし、根本的な問題は、中高生でも性行為を楽しんでもいいと思わせている今の教育にあるのではないか。
つまり、「性行為はダメ」とはっきり指導せず、性行為でさえも生徒の意思にまかせる「自己決定」教育の弊害である。そこを改めずに、避妊の知識を教えて望まない妊娠を防ごうというのは、マッチポンプの対応と言うほかない。
番組には、高校生の時に妊娠と中絶を経験した20代の女性が、自分の経験を話すことで、性教育の大切さを知ってほしいと取材に応じた。
彼女は、一つ下の彼氏に「コンドームを付けてほしい」と言ったが、彼氏は避妊しなかったら妊娠することを理解していなかった。そして、一度、自分のお腹に宿った命を中絶したことを考えて後悔し、つらい思いをしたという。そして今、主に教員志望の学生を対象に、性の知識を伝える講演活動を行っている。
だが、筆者に言わせれば、自己決定教育の犠牲者とも言える彼女に願われるのは、つらい体験をしたからこそ、中高生は性の知識だけでなく、「しっかりとした性倫理を身に付けてほしい」とはっきり伝えることだろう。避妊方法をどんなに正しく教えたところで、「これで安心してセックスできる」と、中高生の性行為を煽(あお)る結果を招く懸念もあるのだから。
◆性教協の視点で構成
さらに、起用されたコメンテーターからも、番組が自己決定の視点で構成されていることがうかがえた。それが「“人間と性”教育研究協議会」(性教協)代表幹事の水野哲夫だ。
性教協は1982年、山本直英(故人)らによってつくられている。その考え方の特徴は、性行為をするかどうかの選択権を、人間の究極的な「権利」と捉えるところにある。山本はその著書「セクシュアル・ライツ」で、こんなことを言っている。「<セクシュアル・ライツ>をなんと訳したらいいと思いますか。<性的人権>とか、<性的権利>などが適訳だと思いますが……私はこの言葉の別訳として、<性の自由>から帰納して、さらに<性器の自由>という意訳を提起したい」。
自己決定にも通じる「性器の自由」は性倫理と相容(い)れない。番組が性倫理に触れなかったわけである。
(敬称略)
(森田清策)