日本の研究環境の貧困・疲弊・危機を指摘し分析したNW日本版と新潮
◆多い論文不正に問題
ニューズウィーク日本版(10月20日号)が「日本からノーベル賞受賞者が消える日」を特集している。折しも今年の日本人受賞者は一人もいなかった。これまでの日本人「受賞者は(中略)日本の研究環境の貧困と疲弊を嘆き、将来日本人受賞者がいなくなると警鐘を鳴ら」していたが、それが現実化しつつあるようだ。
同誌が問題の入り口として挙げるのが「論文不正」の多さだ。サイエンス、ネイチャーといった世界的科学誌への論文投稿で不正が指摘され撤回される提出者の上位に日本人が多いという。
それは「構造的問題」と「体質」に起因していると同誌は指摘する。文部科学省の調査では、研究費の獲得競争、成果主義の蔓延(まんえん)と自浄能力の欠如、倫理観や研究費の不足、不安定な身分、等々、つまり「研究環境の貧困と疲弊」だと分析されているのだ。
そこで即、短絡的に「日本の国立大学は04年に法人化されて以降、政府から交付され収入の多くを占める大学運営費交付金を減額され続け慢性的な経営難に陥った」と、まるで政府に責任があるかのように結論めいたことを同誌は書く。
だが米誌の日本版にしては国際的視点が欠けてはいないだろうか。日本の大学の問題点は入学金・授業料と政府交付金が主な収入源だが、欧米の大学、特に米国の大学では「寄付金」と「基金」「委託研究」が財務に占める割合が大きく、ハーバード大学ではこの三つを合わせると6割以上に達する(2019年)。
寄付金とは個人や財団もあるが企業からのものも多い。委託研究では先端技術研究など産学共同が日本以上に進んでいる。日本では忌避されている軍事研究なども進められている。
◆寄付金増へ法整備を
だからといって、今話題の日本学術会議が「軍事研究を行わない」と方針を出した(17年)からだと言うつもりはない。もちろんそのことも大きいが、日本で寄付金を増やそうにも法律が整備されていないことの方が足かせになっているのだ。同誌の別記事、科学者の覆面座談会では「寄付制度は必ず法律からかえていかなければいけない」と指摘している。
こうした日本の劣悪な研究環境を嫌って海外へ流出する「日本の頭脳」が多いことも問題となっている。同誌は「中国への人材流出を嘆く前にすべきこと」の記事で「研究者がどの国で活動しようと基本的には個人の自由だ」と推奨するような書き方をし、さらに中国へ流出する研究者よりも「米国の方が桁違いに多い」と問題点をぼやかす。
それも一つの事実なのだが、人数の問題ではない。流出先に関する視点が欠けているのだ。同じ話題を週刊新潮(10月22日号)も取り上げたが、「日本の科学技術を盗む『中国千人計画』」の記事で、軍事転用の危険性を指摘している。
同誌によれば「15年、日本学術会議は中国科学技術協会との『協力覚書』を結んでいる」が、ここに「中国の狡猾な戦略が隠されている」という。何か。「中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長」が同誌に語る。
中国科学技術協会は民間組織だが、政府直属の中国工程院と提携している。これが「中央軍事委員会ならびに人民解放軍が管轄する軍事科学院と盛んに人的交流や情報交換を行っており、兼務している者さえもいて、結果的に中国科学技術協会との提携は軍事科学院ともつながっていく事態を招くことです」と警告した。
日本学術会議は一方では「国内での軍事研究を認めないとしながら、中国では協力する格好になっている」わけで、このダブルスタンダードを10月8日の参院内閣委員会で自民党の山谷えり子氏が追及した。
◆自覚なく中国に協力
ただ、より大きな問題は中国へ行った日本人研究者が自分の技術や研究が軍事転用されていることなど夢にも思わないことだ。自覚なく中国軍事に協力させられている恐れがあると、「軍事アナリストの小川和久氏」は同誌に語る。中国の「狡猾」たる所以(ゆえん)である。
いずれにせよ、日本の研究環境の危機についてそれぞれの視点で指摘した両誌が改善へのきっかけをつくってくれれば僥倖(ぎょうこう)だ。
(岩崎 哲)