ヒューマンな視点足りず「性」を捉え切れなかった「ヒューマニエンス」
◆生物学的視点に偏る
NHKBSスペシャル「ヒューマニエンス 40億年のたくらみ」が10月1日スタートした。「ヒューマニエンス」とは耳慣れない言葉だが、ヒューマンとサイエンスを合わせた造語で、「人間の臓器、組織そして心の有り様など、人間に関する最新の研究を通して40億年に及ぶ生命の進化の意味を考えていこう」(NHKホームページ)というのが番組の狙い。
その第1回のテーマは「オトコとオンナ“性”のゆらぎのミステリー」。その狙いを筆者なりに分析すると、これまで男と女の二つに分けて考えられてきた人間の性はそんなに単純なものではない。性の多様性についての理解は、男女を前提に成り立つ社会の在り方を見直すことにもつながる、ということになろう。
その性のゆらぎを、性の分化や仕組みについての“最新”の研究成果を紹介して提示しようとしていたが、生物学や性行動学の視点に偏り(しかも新しい内容もなかった)、ヒューマンな観点が不十分で、物足りない内容となっていた。
例えば、性染色体による性別決定がある。一般的には、男性になるか、それとも女性になるかは、性染色体(XとY)の組み合わせで決まる。XYは男、XXは女だ。しかし、Xだけだったり、XXYなどというバリエーションがあることが分かってきた。
それは生殖器にも言えることで、見た目では性別を分けることができない形状がある。これまでは、それを例外ケースあるいは「異常」と考えてきた。しかし、最近は「性スペクトラム」という枠組み、つまり男と女を二つに明確に分けるのではなく、男女の間が連続してつながったグラデーションとして性を捉える傾向が強まっている。
◆司会も面食らう見解
これは現在、日本でも盛んになっているLGBT運動のバックボーンとなるもので、番組に登場した性の分化・仕組み・行動についての研究者たちの発言から同じ考え方がうかがえた。
既に指摘したように、ヒューマンな観点が欠いていたとしても、テレビで科学的な研究成果を示されれば、科学的なリテラシーが鍛えられていない視聴者なら「人間は、単純に男と女に分けられないんだ」と、誘導されてしまうだろう。研究者たちから性のゆらぎを示されて、番組司会の俳優、織田裕二は「僕は、100%男ではないということですか」と、面食らっていた。
だが、男女の概念については、そもそも「100%」という発想自体が成り立たない。例えば「男性ホルモン」「女性ホルモン」がある。体内には、男女それぞれに両方のホルモンがあり、男性ホルモン100%の人というのはいない。男性なら、加齢とともに男性ホルモンが減るが、だからといって「中性」や「女性」になったと思う人はいないだろう。
実は、性が男女にうまく分かれない人たちの存在はかなり前から分かっていたことだが、それでも、性を「グラデーション」と表現するのは間違い、と指摘する性分化疾患の専門家もいるのである。
◆恋愛から夫婦の愛へ
番組の後半は「一夫一妻はウソ?」として、人間の婚姻制度にも触れた。昨年のデータでは「58万3000組のカップルが結婚したのに対して、21万組が離婚している」とし、男女一組が一生添い遂げる一夫一妻は「理想の形なのか」と疑問を投げ掛けた。
性行動を研究する学者は、人間が同じ人間に恋愛感情を持ち続けるのは「平均2年半ぐらい」として、人間の結婚のあり方は一夫一妻より、ある期間はカップを維持するが、その期間が過ぎると、別のカップルを形成するという意味の「シリアルモノガミー」である、と述べていた。
だが、この捉え方は一面的過ぎる。夫婦関係を恋愛感情だけから見ると、シリアルモノガミーに一理あるように見えるが、それだけでは捉えられないのが夫婦だ。恋愛感情の後には「夫婦の愛情」という、新婚時代とは違った感情が生まれる。また、生まれてくる子供への愛情でも、夫婦の絆は強まる。一夫一妻を理解するには、恋愛感情だけでなく、よりヒューマンで多角的な視点が必要なのである。
このように、生物学や性行動学だけの視点では理解できないのが人間の性である。今後、シリーズの中で、もっとヒューマンな視点を加えて人間の性を探求し、目の肥えた視聴者を満足させてほしい。(敬称略)
(森田清策)