正常化合意も各国の思惑さまざま、安定化へ疑問呈するアラブ・サイト

◆包囲されるカタール

 イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンのアラブ2カ国が15日、米ホワイトハウスで国交正常化協定に調印した。仲介に当たったトランプ米大統領は署名式典で「新しい中東の夜明け」と中東安定化へ実績をアピールするが、合意には各国のさまざまな思惑が複雑に入り組んでいる。

 中東専門ニュースサイト「ニュー・アラブ」は16日、米政府が協定調印の前日に、米政府はカタールの放送局アルジャジーラのデジタル部門「AJ+」を「外国代理人」として登録することを命じたと報じた。アルジャジーラはこれを受けて、イスラエル、UAE、バーレーンの国交正常化合意の「取引」の一環として米政府を非難した。

 アルジャジーラはペルシャ湾岸のカタールで1990年代に創設され、報道規制の強い湾岸諸国でタブーとされてきたイスラエル高官やイスラム組織「ムスリム同胞団」を登場させるなどで注目されたが、周辺アラブ諸国からは体制への脅威と見なされてきた。

 アルジャジーラは、「アルジャジーラを妨害することはUAEのカタール包囲の重要な要因であり、米司法省はそれをUAEに与えた」と主張、UAEが協定調印の条件としてAJ+の外国代理人指定を提示していたと主張した。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、当時、対米関係強化のためにワシントンを訪れていたカタールのムハンマド外相もこの命令に驚いたという。

 サウジアラビア、UAE、バーレーンは2017年にカタールと断交しており、トランプ大統領はこれを支持していた。カタールは、協定でパレスチナ問題が取り上げられていないと、正常化合意への追随を否定している。

◆「AJ+」の活動制限

 外国代理人指定は、米政府がAJ+をカタールのロビー機関として認めるもので、今後、メディアとしての米国内での活動が制限される可能性がある。

 また、ワシントンの中東・北アフリカ(MENA)研究センターのハリド・ジャベル所長は、英国の中東専門ニュースサイト「ミドルイースト・アイ」への寄稿で、UAEの米政界へのロビー活動の結果と指摘、報道の自由が損なわれることに懸念を表明した。

 ニューヨーク・タイムズは、「アルジャジーラを攻撃することで、サウジと近隣諸国は、自国の支配に対し国民が疑問を持つ可能性を排除しようとしている」と指摘、英紙ガーディアンも「言論の自由を攻撃し、アラブ世界の新旧メディアの影響を破壊しようとするもの」と強く非難した。

 パレスチナ人政治アナリストのヌール・オデ氏はニュー・アラブへの寄稿で、UAE、バーレーンでの報道の自由の欠如、人権侵害を挙げ、イスラエルとの正常化は国民の意思を反映したものではないと主張、「アラブ社会と統治する抑圧的政権の間の埋めがたい溝が露呈された」と訴えた。

 協定は、大統領選を控えたトランプ氏にとって大きな外交実績であり、収賄などで裁判問題を抱えるイスラエルのネタニヤフ首相にとっても、国内での信頼回復には格好の材料だ。

◆存在感を増すUAE

 UAEでは、油価下落に加え新型コロナウイルスによる経済への影響から脱するためにイスラエルとの正常化は大きく貢献することになる。イエメン内戦、リビア内戦に軍事介入するなど地域での影響力拡大を進めており、イスラエルとの国交は地域での存在感を増すには好材料だろう。バーレーンは油価下落の経済への影響は大きくはないものの、安全保障、ハイテク分野などでのイスラエルとの経済関係は魅力だ。

 オデ氏は、湾岸諸国で特に若い世代で政権への不満が強まっていると指摘、「ホワイトハウスでの式典は平和と繁栄のため」ではなく、「地域の緊張を沸点にまで高め、すでに不安定な地域をいっそう不安定化させる」警告した。

(本田隆文)