ゲイ提供精子の“自力授精”を告白させたNHK「カラフルファミリー」
◆人の命は授かりもの
「いのちを“つくって”もいいですか?」――。こんなタイトルの本がNHK出版から出ている。その中で、著者の宗教学者、島薗進は「『人のいのち』というものを考えるとき、そこには論理的に示しうる社会倫理とは異なる要素、多くの人が直感的に『ここを踏み越えてはいけない』と感じるような、何か合理的な理由を超えた、容易には語り得ない構成体としての性格があるのではないでしょうか」と述べている。
日本人は伝統的に「命は授かりもの」という感覚を大切にしてきた。それが「人間の尊厳」や「命の神聖さ」という感性につながり、人権尊重の理念に命を吹き込んでいるのである。
一方、バイオテクノロジーの発達によって、人工的に命をつくり変えることができる時代を迎えているが、それは越えてはいけないところに足を踏み入れる行為で「命は授かりもの」という感覚を失わせるのではないのか。冒頭の著書はそんな問題提起を行っている。
NHK総合テレビは8月23日、「カラフルファミリー」という、いわゆる「LGBT」(性的少数者)3人による子育てのドキュメンタリーを放送した。筆者は3人の当事者にも番組制作者にも「命をつくってもいいのですか」と、詰問したい衝動を抑えながら見た。
◆一線を越えた関係者
実はこの番組、筆者が4月6日付のこの欄で取り上げたEテレ「ハートネットTV」の「Our Family~3人の子育て~」(3月17、18の2夜連続放送)の焼き直しだった。
LGBTの子育て風景を何度もテレビに露出させることで、彼らの子育てを社会に承認させようという意図は見え見えなのだが、その半面、今回の放送は、出演した当事者も番組制作者も、一線を越えてしまっていると思った視聴者が多かったのではないか。
その点を明確にする前に、3人の子育ての複雑さをおさらいしておこう。3人とは、体は女性だが、心は男性(文野)のトランスジェンダーと女性(ほのよ)のカップルに、男性同性愛者つまりゲイ(ゴン)が加わっている。
文野とほのよの間には当然、子供は生まれない。しかし、ほのよは子供を生んでいる。ゴンが提供した精子で出産したのだ。文野とゴンは有名なLGBT活動家で旧知の仲だった。
ハートネットTVでは、ゴンの精子をどうやってほのよの体内に入れたのかが説明されていなかった。しかし「カラフルファミリー」ではその説明があった。
「ゴンちゃんが出した精子を針のない注射器で(ほのよの体内に)僕が入れるみたいな」と、文野がいわゆる「自力授精」をあからさまにする場面を放送したのだ。そんな話を聞いたら、視聴者がビックリすることは百も承知だろうが、LGBTの子育てを支援する上では、この授精方法に触れないわけにはいかないという判断が制作者にあり、あえて放送したのかもしれない。
子供によって、ほのよは母親、文野は養父、そしてゴンは生物的な父親。一緒に子育てする3人は、その複雑な関係にそれぞれ葛藤があることを吐露していたが、命をつくった本当の苦悩には、子供が成長してから直面することになるのではないか。
◆人の尊厳軽視の技術
手元に「AIDで生まれるということ」(萬書房)という本がある。AIDとは「非配偶者間人工授精」のことで、本には普通の夫婦間に精子提供で生まれた人たちの声が載っているので紹介しよう。
「私は未だに自分が生まれたことを仕方ないとは思えていません。よくも人の手で勝手につくったなと思ってしまいます。生物の命の営みは自然の中で行われるべきだと思っています。AIDという技術は家畜を殖やすのと変わりない技術です。人の尊厳を大切にしていない技術で生まれたことをよかったとは思えません」(40代、女性)
LGBT問題は人権問題として語られることが多いが、精子提供でつくられた子供たちは自らの尊厳の根拠を見いだすことが難しくなる。それは極めて深刻な人権侵害である。
(敬称略)
(森田清策)