国家安全法の適用による「自由都市・香港」の“死”を悼むNW日本版

◆消失した「西側の夢」

 ニューズウィーク日本版(7月14日号)が特集「香港の挽歌(ばんか)」を組んでいる。「挽歌」といえば、日本人にとってはチョウ・ユンファ主演の香港映画「男たちの挽歌」(原題名「英雄本色」1986年)を想起する人も多いだろう。香港の返還を決めた英中共同声明の2年後に作られた作品だ。“死者を悼む詩歌”の題名は今の香港にぴったりの見出しかもしれない。

 同誌の記者デービッド・ブレナンは「自由都市・香港が香港でなくなる日」の記事で、これまでの経緯を長々と書きながら、最後に「国家安全法の適用を(そして香港の「中国化」を強引に推し進める一連の策動を)食い止めるのは、もはや不可能かもしれない」と述べている。

 米国やイギリスは当てにならない。香港の金融センターとしての価値を強調したところで、北京はその機能を捨ててまで、香港を国の一部として取り込む方を選択した。

 かつて、香港が返還された時に、「香港化する深圳、深圳化する中国」と言われ、経済発展すれば、中国も民主化していくとの見方が西側世界で広がったことがある。しかし、その「西側の夢」が虚(むな)しい蜃気楼(しんきろう)となり、現実のしぶとい「中国の夢」(2012年)が宣言されて、ようやく18年になって「ペンス演説」が出てくる。米副大統領が中国の脅威を強調し「新冷戦」を宣言したのだが、時すでに遅かった。

 今日の状況は中国が長い時間をかけて、着々と進めてきた結果である。それは返還が決定された1984年に決められていた、というのが冷厳な事実なのだろう。

◆締め付け強化の悪夢

 では、これから香港で何が起こるのだろうか。同誌は「香港で次に起きる『6つの悪夢』」を挙げた。一言で言えば「締め付け強化」だ。「新法の施行によって、夏の終わりまでに6つの展開が起こりかねない」として、①ジャーナリストの逮捕②反体制的なメディアへの圧力③法の遡及(そきゅう)的適用④デジタル空間の表現への抑圧⑤芸術・学術的表現の規制⑥宗教団体の弾圧―を予測した。つまり、香港の民主派はがんじがらめに締め付けられていくということだ。

 どの記事からも香港の明るい未来は見えてこない。そもそもどうして中国は世界の反対をものともせずに強硬策に出てきたのか。それをうかがわせるのが「デモ隊強硬派、ある若者の告白」の記事だ。「匿名のジャーナリスト」によるものだが、民主派のデモや抵抗活動がどんどんエスカレートし、暴力的になっていく様が描かれている。デモ隊の過激化は取り締まる側の暴力化にも拍車をかけ、双方が怒りや憎悪を募らせていった。

 見ようによっては、デモ隊の過激化が逆に抵抗運動を破局に追い詰めていき、当局側に徹底鎮圧の口実を与えた、ともとれる記事だ。いずれにせよ、香港は「終わった」のか。かつての輝きを取り戻すことはできないのか。「挽歌」を聞くしかない、その虚しさだけは伝わってくる。

◆「消える・残る」仕事

 週刊朝日(7月17日号)が「消える仕事100残る仕事100」を載せた。この時節柄、コロナを切っ掛けに「消える・残る」ような印象を与えるが、実はそうではない。「経済評論家の加谷珪一」は同誌にこう説明する。

 「ここ10年の間の技術の進展や社会構造の変化に伴って、もともと改革が求められていた」もので、下地は既にあったものだ。そこに「不合理で非効率なものがコロナで一気に顕在化し」たということで、その「変化に対応できなければ、消えざるを得ない」という。消えるものとして「弁護士や会計士、医師など、これまでエリートとされた職業が危ない」という。

 同誌は、AI時代には「技能とコミュニケーション能力を磨き勉強を重ねる」ことが重要で、「それが生き残る道なのかもしれない」と結ぶ。変化はいつの時代もあり、生き残る道は努力、というのは変わらないということだ。

(敬称略)

(岩崎 哲)