遺伝子操作の是非を問う執筆・報道姿勢が常に必要な科学関連記事
◆「デニソワ人」を復元
人々の科学技術への関心が高まり、新聞に科学・科学技術の記事が欠かせなくなった。読売や日経は毎日曜日、全面を使って(下4段広告)、競うように最新の話題を載せている。読売19日付サイエンスReportには「DNA解析 絶滅人類復元」の見出しで、絶滅した人類「デニソワ人」が発見された経緯が出ている。
2000年代初め、ロシアのシベリア地区で見つかった小さな指先の骨と数個の臼歯(きゅうし)が、地球上には存在しないデニソワ人の化石の全て。独マックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授らは、これを手掛かりに、「デニソワ人の核DNAの塩基配列を約30回も繰り返し読んで調べた」。そして12年に公開したそのゲノム情報を分析し「現生人類の祖先とデニソワ人が分岐した年代を81・2万~79・3万年前」と特定したという。
さらにイスラエル・ヘブライ大のデービッド・ゴクマン博士が、そのゲノム情報に基づいて「骨格の特徴に関係する遺伝子32個のオンオフ状態を調べ」「現代人に比べ、額が狭く、あごががっしりし」たデニソワ人の少女の顔を復元した。記事では「推測部分が多いため、確からしさを疑う意見も少なくない」と断り、その顔の像を紹介している。また現生人類とDNAに共通した部分があり「現生人類の祖先と絶滅人類は交雑していた」ことが判明したという。
科学万能の時代、遺伝子解析による因果関係の追究方法が地質学の分野にも広がっていることは確かだ。しかし、現生人類のDNA配列がデニソワ人のそれに似ている部分があるというだけで、なぜ交雑に由来するDNAと見なせるのか、そこに論理の飛躍はないか。80万年もの前の一かけらの資料から描き出される人間像が、果たしてどれだけ信ずるに足るものか、評者は懐疑が先立ってしまう。当のゴクマン博士が開発したという、暗号を読み取り人体を復元する手法とその内容について、もっと具体的な内容説明がほしい。
◆患者に近い実験動物
一方、日経19日付の科学欄は「実験動物 患者により近く」「遺伝子切り貼りで症状再現」の見出し。主に統合失調症や免疫不全症の患者に似た症状を実験動物に抱えさせることに成功したという最新の遺伝子工学の話題だ。
「患者の脳や神経をじかに調べるのは難しい」。行き過ぎれば人間に対して医療の域を超える可能性がある。しかし「考えがうまくまとまらないマウス」や「病気になりやすいサル」をつくり出し、その動物たちの「細胞中の他の遺伝子の働きを調べれば、病気の原因が解明できる可能性がある」という考え方だ。最新のゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を使い、遺伝子を自在に切り張りし、似た遺伝子から同じような症状をつくり出すのに成功したという。
海外では中国が多くのサルを飼い、創薬などの研究を果敢に進めており、研究者の一人の「病気を再現した動物での実験は創薬研究に不可欠だ」という話を載せている。
クリスパー・キャス9は、生物の遺伝子を狙い通りに切り張りするものとして、今のところ万能感がある。実用に供する話題で、さらにその成果も遠からず見えてくるだろうろうが、“切り張り”手法に弊害はないか。
動物が人間の遺伝子と共通なものを持っており、その利用は十分に考えられるが、人間の症状と動物の症状が似通っているとする判断基準は何か、経験的なもののようにみえるが、それでいいのだろうか。最新医療の紹介は意義があることだが、記事の中で、遺伝子工学の在り方についての問い掛けがほしかった。
◆技術の光と影明確に
どんな科学技術にも光と影、長所と短所がある。それらがちゃんと社会に伝わり、それを受け止めた人々の意見が、技術を扱う側の人間たちにちゃんと返ってこなければ、良いコミュニケーションとは言えない。両者を取り持つのもメディアの役目だ。
(片上晴彦)