「新型コロナ面」特設も自社社員感染への「適切な対応」の中身書かぬ朝日
◆20年前医師会が警鐘
新型コロナ禍の拡大で「黒死病」を連想した。14世紀の西ヨーロッパで総人口の3分の1を奪った黒死病(ペストとされる)は、史上最大の生物医学的な災厄で、その後の世界史を塗り替えた。21世紀の新型コロナはどんな影響をもたらすか。書棚から『黒死病 疾病の社会史』(ノーマン・F・カンター著=青土社、2002年刊)を引っ張り出し、読み直してみた。
そこには戦慄(せんりつ)する話が少なからずある。今世紀初め、米国医師会は感染症疾患に関する会議を開き、国民の気の緩みに警鐘を鳴らした。世界が「一つの村」ともいえる時に感染症に無防備過ぎる、と。ある科学者は生物兵器テロに言及し、こう警告した。
「合衆国の健康管理システムは、生物兵器を用いたテロ攻撃に対処しうる状況にない。こうした事態が突発したとすれば、合衆国のほとんどの医師たちがこれまでにまったく目にしたことがないような炭疽菌、ペスト、天然痘といった疾病に冒された何十万もの患者たちが洪水のように病院に押し寄せるに違いない」
新型コロナウイルスも目にしたことがない疾病だろう。突如、侵入したのはテロにも等しい。20年前に「医療崩壊」への警鐘が鳴らされていたのに今日の惨状だ。米国は大丈夫だろうか。
民主主義の起源とされるアテナイは紀元前4世紀に疫病に襲われ、指導者ペリクレスが死亡したばかりか、壊滅的な大混乱に陥り、独裁国スパルタを相手取ったペロポネソス戦争に予想外の敗北を喫した。これには米中の対立構図が脳裏に浮かぶ。
英歴史学者のトインビーはこの戦争を「歴史の一つの大破局」と捉え、西洋が同じ運命にあるとして「西洋文明の危機」を唱えた(『歴史の研究』)。ローマ帝国も紀元後4世紀から5世紀にかけて疫病によって疲弊し、ゲルマン人の侵略を誘発。パックス・ロマーナ(ローマによる平和)に終わりを告げた―。
このように読み進むと、改めてパックス・アメリカーナ(米国による平和)への危機感が募る。独裁国・中国との戦いで「予想外の敗北」を喫し、それを契機に中国が覇を唱えないか。民主主義のありようが問われていよう。
◆緊急事態には触れず
とりわけ、わが国は憲法に「緊急事態」規定を設けない稀有(けう)な民主主義国である。特措法の「緊急事態宣言」も要請レベルで、強制力のある措置は少ない。海外のようにロックダウン(都市封鎖)もできず、民主主義の「弱点」をさらけ出している。
新聞論調はというと、ここにきて流れが変わった。宣言に否定的だった毎日は1日付社説で「今後の状況次第では検討が必要」とし、日経は3日付社説で「医療体制の整備は急を要する。必要なら緊急事態宣言もためらうべきではない」と踏み込んだ。
ところが、朝日は旧態依然としている。社説には緊急事態のキの字もない。4日付「コロナ医療体制 人・物の確保を早急に」は、あれやこれやと注文を付けるが、実行手段となる宣言には沈黙。いったい、どうやってやれと言うのか。東京は「国会とコロナ 行政監視怠ることなく」(2日付)、「週のはじめに考える 『私の代表』がいる議会」(5日付)と平和なものである。
◆情報隠し説得力なし
朝日は5日付から「新型コロナ面」を特設したが、そこではなく社会面にベタ記事で「本社の記者がコロナに感染」とあった。東京本社編集局の30代の女性記者が感染した。ウイルスは人を選ばず。新聞社初の感染か。
これを伝える読売には「同社広報部は『当該記者の職場や立ち寄り場所の消毒など適切に対応している』としている」とあるが、朝日は「同じ職場にいた記者らに発熱などの症状を訴える人は出ていない」とするだけで、肝心の「適切な対応」の中身は書かない。同僚記者らを自宅待機させたのかも知らせず、まるで情報隠蔽(いんぺい)だ。朝日が政府にいくら口を叩(たた)いても説得力はない。
(増 記代司)