自然の摂理に反する“パパ2人家族”を紹介する「ハートネットTV」
◆コロナ感染は“警告”
新型コロナウイルス禍が深刻化する中、NHKが3月19日に放送したBS1スペシャル「ウイルスVS人類~未知なる敵と闘う」で、昆虫学者(国立環境研究所)の五箇公一の次の言葉が印象に残った。
「要は、われわれは手を出してはいけないところまで自然に対して浸食を果たしてしまったがために……ウイルスなどの問題が人間社会にリスクとして降ってくる。この悪循環を断つためには、『自然の摂理』に準じた自然共生とは何かといった議論を今から始めないと、持続性が保てない。このままいくと、人間社会は崩壊しか道筋がなくなってしまう」
コロナ感染拡大の喫緊の課題はワクチンや新薬の開発だが、長期的には「自然の摂理」の前に謙虚になって価値観の転換を図り、人間の行動を変えないと、人類は存在不可能になる。だから、現下のコロナ禍は「自然からの警告」だというのである。
五箇の洞察力に頷(うなず)きながら、筆者はNHKEテレが17、18の両日にわたって放送した「ハートネットTV」のことを考えていた。「OurFamily~3人の子育て~」のことだ。感染症とはまったく異なる分野の話だが、自然の摂理に反する人間の行為がどんな事態を招くのかという点では共通していた。
◆精子の提供受け出産
2夜連続放送は、体は女性でも心は男性、つまりトランスジェンダー(文野)と女性(ほのよ)のカップルと、もう一人の男性(ゲイのゴン)が赤ちゃんの「親」となって子育てするという、まさに自然の摂理に反する“家族”のドキュメンタリーだ。
まず、3人の複雑な関係は次のようなものだった。文野とほのよのカップルの間には当然、子供は生まれない。そこで知り合いのゴンから精子をもらい、ほのよが出産した。3人での子育てを前提に、精子提供が行われたのだった。
子供を出産したほのよがその「実母」ということは理解できる。では、父親は誰になるのか。カップルに精子を提供したゴンは生物学的には血のつながりのある「実父」だ。法的にも認知している。
だが、文野と子供との関係が曖昧だ。そこで、子供と養子縁組し「養父」となる形を取った。この結果、ママ1人に「パパ2人」という奇妙な家族が出来上がった。
3人の子育てといっても、ゴンは月に何度か、カップルの家に通っているだけ。次第に子供との関係をめぐり、カップルと精神的な距離が生まれてくる。そのあたりの心の葛藤もドキュメンタリーは伝えていたが、肝心なことが抜け落ちていた。
ゴンの精子をどうやってほのよの体内に入れたのかが説明されていなかったのだ。生殖補助医療は結婚した夫婦にしか認められていない。もし医療機関がそれを行ったとしたら、日本産科婦人科学会の指針に反する。
◆子供は実験台でない
さらに問題なのは、自然の摂理に反する3人の行為が生まれた子供のアイデンティティー形成にどのような影響を及ぼすのか、という問題意識が番組からまったく感じられなかったことだ。たとえ大人たちがそれぞれ納得して選択した人工授精や子育てであったとしても、子供の同意を得ることはできない。それは、夫婦の普通の営みで生まれる場合も同じといえるが、自然な営みなのか、自然の摂理に反した行為なのかで、子供のアイデンティティー形成は大きく違ってくる。
第三者の精子を使った「非配偶者間人工授精(AID)」で生まれた子供が後に「自分は親のエゴのために人工的につくられた」と知り、苦悩を背負うケースが少なくないことが大問題となっている。そのことは番組制作者が知らないはずはない。ドキュメンタリーはヨチヨチ歩きのかわいい盛りまでしか記録していなかったが、成長した時、子供が何を思うのか。
それを考えると、暗澹(あんたん)とした気持ちになる。自然の摂理に反して命をつくることの恐ろしさに気付かない人間に何を言っても無駄だとは思うが、3人の真似(まね)をする人間を出さないためにも「子供は実験台ではない!」と、声を大にして叫びたい。(敬称略)
(森田 清策)