新型肺炎対策で安倍政権の後手を批判するなら、まず憲法を改正せよ
◆「雨の降る前」に箱船
2020年は早くも3月を迎えた。列島は新型コロナウイルス禍で持ち切りだ。この人命を脅かす危機を年頭に予想した新聞はあっただろうか。少なからず新聞人は新年の展望を論じたが、感染症の話はついぞ聞かなかった。
そんな中で妙に印象に残っているのは産経の佐々木類・論説副委員長の次なる「ひとこと」である(1月3日付)。「内憂外患の日本に迫り来る危機を感じられるかどうか。ノアは『雨の降る前』に箱船を造ったことを想起したい」。感染症対策もしかり。事が起こる前に備えるべきだ。
振り返ってみると、朝日元旦社説は「2020年代の世界 『人類普遍』を手放さずに」をタイトルに、「『普遍』とは、時空を超えてあまねく当てはまることをいう。抽象的な言葉ではあるが、これを手がかりに新たな時代の世界を考えてみたい」と切り出し、自民党の改憲草案を取り上げ「現行憲法がよって立つところの『人類普遍の原理』という文言を、草案は前文から削除してしまった」と批判していた。
それに倣って感染症にまつわる「人類普遍」を考えてみると免疫が思いつく。生物学者の利根川進氏は、高等生物に備わっている免疫反応の謎を解明しノーベル生理学・医学賞を受賞した。抗体をつくり出すBリンパ球が成熟する過程で遺伝子を次々と組み替えて100万種類を超えるBリンパ球を創り出し、体を守る。これが人にあまねく当てはまる「人類普遍」の防御システムだ。
◆「人類普遍」を手放す
さて、新型コロナウイルスによる緊急事態だ。北海道の鈴木直道知事は2月28日、感染者が国内最多に上っており、外出を控えるよう道民に異例の呼び掛けを行った。これを新聞は「緊急事態宣言」と報じている(29日付)。
記者会見場のパネルには赤文字で「緊急事態」とあり、小さめの黒文字で「宣言」とあった。宣言には法的根拠がないからか、遠慮気味に書かれている。安倍首相が翌29日に行った記者会見は「国民への呼び掛け」。これには「緊急事態」の文言はない。「深く深く協力を願う」と国民に頭を下げるばかりである。
周知のように現行憲法には緊急事態条項がない。世界のどの国の憲法も明記しているから、朝日の主張とは裏腹に憲法は「人類普遍」を手放している。その欠陥を補うように災害対策基本法(105条)や警察法(71条)に「緊急事態の布告」の規定があるが、いずれも宝の持ち腐れだ。
2万人近い犠牲者を出した東日本大震災でも発動されず、被災地の物資やガソリン不足を招いた。時の総理は菅直人氏で平和憲法いや平和ボケ憲法を金科玉条とした。憲法に「緊急事態」がないから、そんな事態は存在しないのだ。だから今回も「呼び掛け」にとどまっている。
09年の新型インフルエンザ流行時に制定された「新型インフルエンザ等対策特別措置法」には緊急事態宣言があり、外出自粛要請や医療提供体制の確保などをうたっているが、発せられることはなかった。
この法律の名称が示すように新型インフルエンザに限った特別措置法で新型コロナウイルスは対象外。自衛隊の海外派遣でもテロ対策特措法といった具合に特措法ばかり。危機に備える普遍的法律が作れないのも憲法のせいだ。
◆付け焼き刃の特措法
安倍政権は新たな立法措置を検討しているが、これも特措法か。各紙社説を見ると「一定の地域に急激な感染拡大がみられた場合に『緊急事態宣言』を発して対応することが念頭にあるのだろう。与野党は協力して早期の成立を図ってもらいたい」(産経3月1日付主張)などと立法措置に期待する。
とはいえ、付け焼き刃。緊急策はBリンパ球のように100万とは言わない。防衛や災害、感染症など両手で数えるほどだ。新聞が安倍政権の後手を批判するなら、まず憲法を改めよ。洪水が来てから箱船を造っても後の祭りだ。
(増 記代司)