「3歳児神話」の罠に嵌まり母親の役割軽視イデオロギーに偏った産経
◆フェミニズムの影響
久しぶりに「3歳児神話」というイデオロギー(フェミニズム)色の強い言葉を新聞で目にした。しかも記事だけでなく「3歳児神話を『正しく』崩す」と、見出しにも使われていた。「産経新聞」が現在、続ける連載「どうする福祉―縮む日本の処方箋」第1部「就労×年金」の中で、未婚の母に対する福祉制度の在り方を探った13日付のことだ。
「3歳まで手元に置いておいたらええやんか。子供がかわいそうや」
記事は、未婚で出産した女性が母親から言われた言葉で始まった。女性の就労が制限されるとともに、未婚の母に対する福祉が不十分な背景に、「3歳までは母親が育てないと子供の発達に影響するとされる、日本で広まっている考え方」(神話についての産経の定義)があることを印象付けるためで、記事の基調も「神話」の否定になっていた。
英国の精神科医ジョン・ボウルビィが行った戦争孤児の研究に由来するとされる3歳児神話については、乳幼児期における母親の役割(母性)の大切さを強調する伝統的な子育て支持派と、それを否定するフェミニストの間で、その根拠をめぐって論争が続いていた。
女性解放論者からすれば、子育てにおける母親の役割の重要性を強調されると、運動に都合が悪い。そこで、それを否定する意味合いを持たせるために「神話」とした。つまり、神話をつくってそれを否定してみせるというロジックを使ったにすぎないのだ。
社会環境がどう変わろうとも、乳幼児にとって母親が大切な存在であることに変わりはない。働く女性や未婚の母が子育てしやすい制度の整備は重要なことだが、それと乳幼児にとっての母親の価値は次元の違うテーマだ。それを結び付けて論じたのは、連載がフェミニズムの影響を受けていたからだろう。
◆一生を左右する愛着
そのことは、産経が神話否定派の恵泉女学園大学学長の大日向雅美に取材したことでも分かる。大日向は、幼少期の養育の大切さを認めながらも「子供は母親の愛情だけで育つわけではない」と、言わずもがなのことを述べている。
神話を否定した政府の公式報告書としては、平成10年度版の厚生白書がある。「少なくとも合理的な根拠は認められない」と記述し、フェミニストを喜ばせたが、これによって神話が否定されたわけではない。一方、乳幼児期における特定の人との安定した関係(愛着形成)が、人の一生を左右するほどの影響力を持つとする専門家は多い。
文科省の「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討」の報告書(平成17年)は「適切な情動の発達については、3歳くらいまでに母親をはじめとした家族からの愛情を受け、安定した情緒を育て、その上に発展させていくことが望ましい」とした。
要は子育てと就労とのバランスの問題だが、産経の問題点は子供の一生を左右する自己形成の核心的問題(愛着)を、「経済成長期の日本では、妻が子育てや介護を担い、夫が“滅私奉公”で経済成長を支える根拠ともなった」と、フェミニズムに重心を置いて見たことだ。
◆母性まで神話と否定
前出の厚生白書について、その著書「母性神話の罠」で、大賛辞を送った大日向は、「育児は母親がすべきだとする母性観」は「近代社会になって導入された資本主義体制と、それを支える家族を維持する思想として奨励され、以後今日に至るまでその時々の政治経済的な要請を受けてきたイデオロギーに他ならない」と、「3歳児」だけでなく「母性」まで「神話」として否定する。これでは特定のイデオロギーに捉われ、乳幼児の健やかな成長を願う視点からずれてしまっている。
働くことで、母親が子供と触れ合う時間を確保しにくくなっている状況にあっては、まず3歳までは母親の役割が大切であると強調した上で、母子の距離を遠ざけないための働き方と福祉の在り方を模索すべきなのだ。その意味から、記事の見出しは、3歳児神話を「『正しく』崩す」ではなく「『正しく』伝える」とすべきだったろう。
(敬称略)
(森田清策)