「首相準備マニュアル」を説きながら自らは「政策準備」が皆無の朝日
◆大局的な国会論議を
通常国会が始まった。言わずもがな、最大のテーマは「予算」である。昨秋には消費税増税もあった。それだけに税金の使われ方をしかと見届ける。それが国民の義務というべきだろう。
おさらいしておくと、令和2年度の国の予算案は約102兆円で、2年連続で100兆円を超えた。その3分の1は医療や年金などの社会保障費で、どんどん膨らんでいく。増税分はこれに充てるというが、行く末が心配だ。
防衛費は全体の5%程度の5・3兆円。こちらは微増にとどまる。だが、北朝鮮の核・ミサイル脅威は一向に減じない。中国については共産党が先の党大会で綱領を改め、「大国主義・覇権主義」と認定し、世界平和に逆行すると断じた。ならば、もっと堂々と防衛費が増額できるはずだ。そして減災に欠かせない公共事業費。こちらは逆に減っている。強靭(きょうじん)列島づくりはお寒い限りだ。
まあ、そんな具合に予算をめぐって気を揉(も)むことが多い。国会は予算案の中身に大胆に切り込み、国家像や国民生活の在り方を大いに論じてもらいたい。とりわけ野党は「桜」に浮かれていないで、大局的な国会論議に心掛けるべきだ。「安倍1強」を崩す受け皿をつくるというなら、「政権構想」を示すのが筋。これは自民党のポスト安倍候補にも言えることだが。
◆疑惑国会と決め付け
そのポスト安倍について朝日の曽我豪・編集委員が興味深い“教示”をしている。12日付「日曜に想う」と題する政治コラムで、岸信介内閣の後継の池田勇人、佐藤栄作内閣を取材してきた先輩記者の証言を基に「庚子(かのえね)の年の首相準備マニュアル」を説いている。庚子は今年、そして60年前の昭和35(1960)年、安保騒動の中で岸内閣が退陣した年がそうだ。池田、佐藤内閣からどんな首相準備マニュアルが導き出されるのか。
曽我氏によると、それは5点ある。①政権準備より政策準備②本は読まずとも聞く耳を持て③亜流を脱するにはチーム力④何をなすかよりいかにやるか⑤中間層をつかみ土俵に引き込め―だそうだ。これが妥当かどうかは別にして、その真っ先に挙げていた「政権準備より政策準備」は注目してよい。これこそが野党やメディア、そしてポスト安倍候補に欠落しているものではないか。
その最たるのは、ほかならない曽我氏の朝日である。国会が始まったことを伝える朝日21日付の1面を見て驚かされた。「『疑惑国会』開幕」の大見出しで、他紙にない「疑惑国会」のレッテルを貼っていたからだ。「首相、『桜』・IR・閣僚辞任 触れず」と見出しは続く。もとよりそれもあろう。だが、天下国家や政策を棚上げにした「疑惑国会」とは、あまりにも偏狭である。
かつて朝日は「従軍慰安婦」や原発事故の「吉田調書」捏造(ねつぞう)報道で、「角度をつける」と称して平然と偏向をやってのけた。レッテルを貼る、つまりラベリングも同じで、自らの評価を「固定化」し、それを相手に押し付ける。主観報道の極みである。
◆印象操作で政権批判
要するに安倍政権を貶(おとし)める。その一点で紙面を作っている。曽我氏が説く「政策準備」の話が皆無なのだ。今年に入ってポスト安倍を取り上げた社説はわずか1本。5日付「民主主義の分岐点 ポスト『安倍政治』を見据え」だけだが、これも安倍政権に民主主義がないかのような印象操作に終始し、政策抜きだった。
野党について面と向かって論じたのも1本のみ。それも“本命”の立憲民主党と国民民主党の合流問題には触れず、「共産党大会 共闘へ さらなる変化を」(20日付)と、もっぱら共産党への応援歌。これも政策抜きの共闘話だ。
「首相準備マニュアル」を示す曽我氏は元政治部長。ばりばりの朝日の政治記者である。「政権準備よりも政策準備」を説くなら、隗(かい)より始めよ。朝日社内でこそ叫ぶべきではないのか。それとも朝日は壊し屋で、建設は何一つできないということか。
(増 記代司)