編集長が非正規の女性契約記者を弄ぶ朝日社内で続く人権侵害問題

◆サンデー毎日が取材

 週刊朝日の編集長が懲戒解雇された。「重大な就業規則違反」だという。昨年、「ハシシタ」の見出しで橋下徹大阪市長の出自を扱って、「差別」「人権蹂躙」「名誉毀損」などが問われ、編集長が交代したばかりだった。

 「重大な就業規則違反」って何だ?と誰もが訝しんだが、「プライバシーにかかわること」として、同誌はもとより親会社の朝日新聞も明らかにしていない。だが、読者の興味は膨らみ、結局、ツイッターなどですぐに「セクハラ」の文字が飛び交った。

 「人権」の次は「セクハラ」か。「大正11年創刊、日本最古の総合週刊誌」の看板にまたしても傷がついた。同じく同年創刊の「サンデー毎日」(10月27日号)が「『週刊朝日』編集長『セクハラ』解雇の深層」を載せている。

 同誌は「『朝日新聞』の中堅記者が声を潜めて話す」として、小境郁也前編集長(53)の解雇に至った経緯を明かした。それによると、「部下の女性への深刻なセクハラ」「パワハラ」があったということだ。

 小境氏は「アエラ時代に部下だった契約記者の女性に『オレと付き合うなら社員にしてあげるよ』などとセクハラとパワハラに該当する発言をしたり、酒の席で女性記者の胸を触ったり無理やりキス」をしたりしていたという。

 さらに、周囲に「婚外恋愛」とうそぶき、逆らえば職を失いかねない弱い立場の契約記者らを“食いもの”にしていたというのだ。この“毒牙”にかかった女性たちは「ノイローゼになる」者もいたという。

◆内部問題にする朝日

 「ハシシタ事件」の時、同誌はすぐに連載を打ち切り、「おわび」を載せ、さらに第三者機関「報道と人権委員会」を構成して検証を行い、後日、同誌に結果を掲載した。この時は、記事が掲載され表に出ていること、そして相手のあることだったので、ここまで徹底して取り組んだのだろう。

 しかし、今回は親会社の朝日新聞とともに「社内のコンプライアンスの徹底を図ります」とコメントを発表しただけで、同誌は社内問題として片付けたい腹のようだ。

 だが、それでいいのだろうか。セクハラ、パワハラはいわば「いじめ」や「体罰」にも通じる集団の中で強い立場の者が振るう不条理な暴力だ。これらは同誌がこれまで取り上げてきた題材ではなかったか。素通りしていい問題ではない。

 週刊朝日は10月25日号で、長友佐波子新編集長の「あいさつ文」を載せた。「社会から信頼される雑誌となるために、編集部一同、初心に帰って努力していきたいと思います」と型通りの“決意”を述べただけで、編集長が懲戒解雇に至った「重大な就業規則違反」について具体的内容には何も触れなかった。

 社内のことであるから誌面化する性格のものではない、という理屈はある程度理解できるが、それを分かったうえで、敢えて言えば、この際、新編集長がまず取り上げるべきはパワハラ、セクハラの特集ではないだろうか。女性としての視点が存分に生かされること間違いない。

 サンデー毎日は記事の末尾で、「ライバル誌の再建を託された長友新編集長に小誌は陰ながらエールを送りたい」と結んだ。このエールで記事の追及力が格段に落ちたことを同誌が自覚しているのかどうかは分からない。

◆ハルキ特需当て込む

 最後に、サンデー毎日が今年もノーベル文学賞を逃した村上春樹を取り上げた。「いつになったら世界は村上春樹を理解できるのか」という重里徹也・毎日新聞論説委員の記事である。

 重里氏は、村上作品の「核心にあるのは、ある種の共同体への思いではないか」と述べる。そして、「ノルウェイの森」に登場する「阿美寮」を想起するのだと。世界中で翻訳され、読まれている村上作品であるから、共感もされ、理解もされているのだろうが、それはいわばファンの間だけであり、普遍的な文学作品としては、選考委員には響かないようだ。

 毎年この時期になると「ハルキ特需」が起きる。「今年こそは」と受賞を期待した向きも多かったことだろう。この記事も受賞を当て込んで準備しておいたものだ。このまま没にするにはもったいないと思ったかは分からないが、著名人のハルキストからのコメントを、「ハルキ読みの達人が選ぶ『この一冊』」という形で誌面化した。「ハルキ」を論じながら、楽しみを来年につなぐ、ということか。

(岩崎 哲)