「わがチームが98対0で勝ちました」


 北朝鮮は今やブロガーにお笑いを提供してくれる数少ない貴重な国だ。今回はニュージランドで開催中のU20ワールドカップ(W杯)で1日、北朝鮮チームが対ハンガリー戦で1対5で大敗した話だ。

 平壌の国営放送は、「わが国は98対0でハンガリーチームを撃破しました」と報じたというのだ。確認しておくが、これはバスケットボール試合の結果ではない。サッカー試合の結果だ。

 当方はYouTubeでその放送場面を見て、「ああー」と深いため息が出るだけで、それ以上何も出てこなかった。北朝鮮国営放送のアナウンサーはサッカー試合を見たことがなく、「98対0」といった得点の試合などは考えられないと知らなかったのかもしれない。最も考えられるシナリオは、米プロバスケットボール(NBA)の大ファンの金正恩第1書記への配慮からバスケットボール試合のような得点を考え出し、それも敗北ではなく圧勝としたのかもしれない。金正恩氏は過去、NBAの元スター選手デニス・ロッドマン氏を何度も平壌に招いている。

 試合はハンガリーチームが勝った。それを平壌側が「わがチームが勝ちました」と虚報した。北朝鮮では事実より、虚報が流通している社会だから、サッカー試合の結果の虚報など珍しいことではない。多分、放送局側は「わがチームが勝利したと報じろ」と上の指示を受けたのだろう。メディア関係者は本来、虚報などしたくない。職業魂に反するからだ。しかし、上の命令に反して事実を報道すれば、その直後から職場を失うだけではなく、最悪の場合、処刑されるかもしれない。

 一方、放送関係者も、「国民は放送など見ていないだろう」と考えても不思議ではない。3食の食事を確保することで1日の大部分のエネルギーを費やす大多数の北の国民にとって、サッカー試合の結果などどうでもいいことだ。勝っても負けても空腹を満たすことはないからだ。

 問題は、なぜ「98対0」かだ。虚報するのならば、「3対2」か、せいぜい「5対2」で留めるべきだったはずだ。それを「98対0で相手チームを粉砕しました」と報じてしまったのだ。

 サッカーを知っている党幹部が当方と同じように「エー!?」と叫び、笑い出す一方、考え出すかもしれない。
 「直ぐに虚報と分かる試合結果を報じたということは、虚報であることを国民に知らせるような狙いがあるはずだ。ただし、ここまでは許される範囲だろう。なぜならば、欧米社会ではわが国が事実を報じるとは信じていないからだ。しかし、98対0は虚報ではなく、わが国を笑い飛ばす狙いが隠されている。すなわち、若き首領様、金正恩第1書記を笑うための反国家的思想が潜んでいる」。

 そして、「98対0」の虚報を流したテレビ関係者は即拘束され、尋問の末、処刑されるかもしれない。金正恩第1書記の暗殺計画を描いた米映画「ザ・インタビュー」の上演問題で明らかになったように、首領様への侮辱行為は絶対許されないからだ(「なぜ金正恩氏は“滑稽”なのか」2014年12月25日参考)。

 嘘も限りなく事実に近いものでなければ、嘘の役割は果たせない。放送関係者はその鉄則を破ってしまったのだ。笑いは常に危険が伴う。特に、独裁国家では相手を信用しない限り、笑えないのだ。

(ウィーン在住)