金正恩氏専用機の「搭乗者リスト」
旧ソ連・東欧共産党政権の歴史は“粛清の歴史”であった。独裁者は共産党内の潜在的な政敵を見つけ出し、監視、必要ならば粛清していった。スターリン時代の大粛清を想起するだけで十分だ。
問題は誰が潜在的なライバルと成り得るかを掌握しなければならないことだ。だから、北朝鮮では時には部下たちに忠誠争いをさせる。金正恩第1書記は叔父・張成沢(元国防委員会副委員長)を処刑し、党内外の叔父派を粛清し、その権力基盤を強化したばかりだ。現時点では正恩氏にとって政敵となるような人物は見当たらないが、皆無というわけではないだろう。
金正恩氏の父、故金正日総書記は移動の際にも飛行機を使用しなかったことは有名な話だ。中国を訪問する時も特別列車で北京まで出かけたものだ。飛行機が怖かったというより、自分が搭乗した飛行機が撃ち落されないかといった不安が強かったからといわれてきた。
最高指導者に就任して3年目が過ぎた正恩氏はここにきて飛行機に搭乗する機会が増えている。北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は9日、金正恩第1書記が空軍部隊を視察したと報じたばかりだ。
韓国の聯合ニュースは、「金第1書記は最近、専用機を積極的に利用している」と指摘、正恩氏が空軍の重要性を強調していると報じている。KCNAによると、金正恩氏は先月15日、専用機に乗り、平壌の大型住宅団地の建設現場を視察し、同月2日には、今年初の飛行訓練で褒賞休暇を取得した戦闘パイロットと面会し激励した、といった具合だ。
父親の正日総書記は政敵や敵国の攻撃を恐れ、飛行機の移動を控えていたが、息子の正恩氏には恐れなければならない政敵や敵国は存在しないのだろうか。答えは、父親時代と同様、彼らは存在し、機会を伺っていると考えるべきだろう。正恩氏に想像力が足りないだけだろうか。
そうではない。正恩氏の危機管理は、搭乗する飛行機に最側近と共に、潜在的な政敵となりえる人物を一緒に乗せることだ。そうすれば。政敵は飛行機を撃墜できなくなる。換言すれば、北では飛行機に搭乗する際、政敵と共に飛行することが最も安全ということになる、地上には飛行機を撃墜できる敵がいないからだ。例えば、先月2日の視察には黄炳瑞朝鮮人民軍総政治局長、玄永哲人民武力部長、廉哲成総政治局宣伝副局長らが同行したという。
だから、正恩氏が誰を連れて専用機に搭乗するかを詳細に調査すれば、正恩氏の最側近は誰かだけではなく、正恩氏が密かに恐れている潜在的政敵は誰かをも知ることができる、という結論に到達するわけだ。正恩氏専用機の搭乗者リストを入手できれば、正恩氏を取り巻く権力構図は一層鮮明となるはずだ。
考えてみてほしい。いつ自分に銃を向けるかもしれない人間を地上に置き、安心して飛行機に搭乗できる独裁者がいるだろうか。自分に不満を持つ人間が配下に向かって「あの飛行機は敵機だ」と警告し、地対空ミサイルで撃墜せよと命令するかもしれないのだ。
正恩氏は叔父・張成沢を処刑した後、ここにきて実妹(金与正)を最側近として重視してきたという。当方が正恩氏ならば、自分が飛行機に搭乗する時は必ず実妹を地上待機させる危機管理を行うだろう。正恩氏が実妹と一緒に専用機に搭乗するのは、亡命の時だけにすべきだ。
(ウィーン在住)