スイス名産チーズが原因ではない
北朝鮮の金正恩第1書記の話の続きを書かざるを得なくなった。韓国日刊紙、朝鮮日報は「英紙インディペンデントは26日『金第1書記は2011年に最高指導者の地位に就いた後、最高人民会議(国会に相当)に欠かさず出席していたが、25日には欠席した。スイス産のエメンタールチーズを食べすぎて体重が増加し、健康に問題が生じたためだ』と報じた」という記事を掲載したからだ。エメンタールチーズは金正恩氏だけではない、当方も大好物の一つだ。そのチーズのせいで金正恩氏は痛風に悩まされ、外国人医師団のお世話にならざるを得なくなったというのだ。
英紙の論理でいけば、エメタールチーズが大好きなスイス人は痛風になる確率が他の国民より高いことになるが、そのようなデータを聞いたことがない。当方は目はやられたが、さいわい痛風には悩んでいない。金正恩氏はエメンタールチーズを食べ過ぎたから痛風になったというが、チーズはキムチでないので3食、エメンタールチーズばかり食べられるものではない。朝食時に一杯のコーヒーにトースト、ハム、そこにエメンタールチーズが加わる。昼食や夕食には料理に利用できるが、痛風になるほど大量のエメンタールチーズを食べることは通常考えられない。
朝鮮日報日本語電子版は「長期間保存できるよう、塩分がほかのチーズに比べ高くなっており、塩辛さが強い。また、製造工程で加熱する際にたんぱく質の塊が増えるため、相対的に高たんぱくとなる。スイスに留学経験がある金第1書記は、このチーズを好んで食べることが知られている」とチーズの栄養とチーズに拘る金正恩氏の嗜好を説明している(エメンタールチーズには“チーズアイ”と呼ばれる穴(気孔)がある。チーズを膨らませるためのものだ)。
繰り返すが、金正恩氏の「不自由な体」の原因がもし医学的なものであるならば、原因は明らかだ。エメンタールチーズの過剰な摂取ではなく、暴飲暴食の結果だ。国民が3度の食事すらままならず飢餓に苦しんでいる時、金正恩氏はエメンタールチーズばかりか、他の多くの美食に耽っていたとすれば、健康を害してしまったとしても不思議ではない。しかし、決してスイス名産チーズが金正恩氏の「不自由な体」の主因ではないのだ。スイス国民とエメンタールチーズの名誉のためにもこの点を強調しておきたい。
北朝鮮の国民の中でスイス名産のエメンタールチーズの名を知っている人がどれだけいるだろうか。金ファミリーと一部の労働党幹部だけだろう。エメンタールチーズは英紙記者のテーマにこそなれ、北では食卓でお目にかかることがほとんどない高級嗜好品なのだ。
金第1書記の祖父・金日成主席は「国民が白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住めるようにする」と約束したが、果たせずに終わった。孫の金正恩氏が今度は「近い将来、朝食時には必ずエメンタールチーズが出るような国にしたい」と強調したとしても、どれだけの北国民が理解できるだろうか。金正恩氏と大多数の国民の生きている世界は全く違うのだ。
(ウィーン在住)