北の顔色窺う文政権
国家有功者まで入れ替え
韓国では独立運動家など国家有功者を顕彰しているが、最近は、北朝鮮の顔色を窺(うかが)って、人物選定しているのではないかとの疑問が呈された。野党自由韓国党の金鎭台(キムジンテ)議員が国家報勲処に提出させた資料によれば、毎月1人選ばれる「今月の独立運動家」から「金佐鎭(キムサジン)将軍」が外され、共産主義者の「李東輝(リドンヒ)」が選ばれたという。
月刊朝鮮(10月号)がこのことを伝えている。記事によると、国家報勲処は選定で、当初、候補名簿に入っていなかった李東輝を選び、リストアップされていた金佐鎭を外したということだ。
金佐鎭は1920年の「青山里(チョンサンリ)戦闘」で功績のあった「独立軍」の将軍ということになっている。とはいっても、満州間島和竜(当時の中国東北部吉林省)で中国人馬賊とともに日本軍と戦った朝鮮人武装集団の頭目にすぎない。ただ日本軍と銃火を交えた数少ない朝鮮人として、韓国で「独立軍を導いた将軍」として高く評価されている。
結局、金佐鎭が選ばれなかったのは「金日成(キムイルソン)(北朝鮮主席)が金佐鎭将軍を嫌いだったため」と金議員は述べている。つまり文政権が北朝鮮を“忖度(そんたく)”して人選したというわけだ。
一方の李東輝は「朝鮮初の社会主義組織『韓人社会党(上海派高麗共産党)』」の指導者だった。しかし、臨時政府内で「責任内閣制」導入を主張して、大統領制を推す安昌浩(アンチャンホ)らと対立て脱退した。
韓国では李東輝の評価が揺れたようだ。同誌によると、李東輝は日本植民地時代「初期の民族英雄だったし、臨時政府初代国務総理で、独立運動史の中で評価は交錯した」という。韓国が独立後、軍事政権になった時代、李東輝が「民族英雄」というより朝鮮初の共産党指導者だったことが問題となり、有功者に選ばれるのは1995年金泳三(キムヨンサム)政権まで待たねばならなかった。そして、今回「今月の独立運動家」にも選ばれることになったが、それも左派政権にして初めて可能になったと言える。
文政権となって、従来の歴史的評価が覆されたり、新たに意義付けがされたりする事例が続いている。80年の光州事件は全斗煥(チョンドゥファン)政権(当時)の解釈では北に呼応した共産主義者が武器庫を破り武装して国家転覆をたくらんだことになっているが、文政権になると、同じ事件が「5・18民主化運動」と再定義される、といった具合だ。
こうした不安定な社会では、最初から決まりや約束がむなしいものと映るのも無理はない。韓国民は数年後にはまた違った解釈の人物を見ることになるのかもしれない。
編集委員 岩崎 哲