川崎殺傷事件で、トリアージの成果や誤った報道を取り上げた各誌
◆秋葉原事件が生きる
19人が被害に遭った川崎市の殺傷事件から1週間以上経(た)った。各誌とも突発事への対処の仕方について力を注いでいる。
女性セブン6月13日号の記事「51才殺人鬼―」の中では「救急隊が到着すると、最初に行われたのがトリアージだった」と現場の救済場面が描写されている。
トリアージとは、多数の負傷者を効率的に搬送・治療するため、緊急度に応じて優先順位を付ける救済法。記事では「小学6年生の女児と39才の男性の2人が“黒”、つまり、手の施しようがないと判断されました。(中略)それから現場で“赤”、つまり最優先で治療すべきと判定されたのは、小学生の女児2人、40代女性1人、そして、50代男性(後略)」と、トリアージが正確に行われたことをうかがわせる記述だ。
トリアージの措置をめぐり物議を醸したのは、2008年の7人が死亡、10人が重軽傷を負った秋葉原無差別殺傷事件。その際、救済の優先順位決定に手間取り、治療が総体的に遅れたと当局が非難された。自然災害の救護措置についても問題が起こり、トリアージの仕方について、かなり煮詰まった議論がされた。その成果もあって、11年の東日本大震災ではトリアージで目覚ましい実績を出した。
複数の死傷者が出て、現場には通行人なども交じっている場合、トリアージの的確な措置の重要性を想起させた。
◆恐ろしい風聞の拡散
週刊ポスト6月14日号は「“大ヒンシュク”報道を検証する」の見出し。市中の凶事で混乱する現場の報道の在り方について論じた。
「犯行現場には多くの報道陣が詰めかけた。しかし、過熱するテレビ各局の報道姿勢に対して違和感を覚える視聴者は少なくなかった」と、幾つかの例を挙げている。
そのうちの一つ「スッキリ」(日本テレビ系)では、「連行される男を目撃した」と紹介された男性が、電話取材に応えているのが、番組で映し出された。既に明らかだが、犯人はわずか十数秒の間に犯行に及び、自らの首に刃を突き立て死亡した。
取材された男が誤解したのか、故意に誤りをまき散らそうとし、マスコミがそれに乗ったのか。その真偽について後の報道はなかった。風聞が拡散される怖さは、数々あった風評被害で明らかだ。また別の番組の中で凶行の再現をアナウンサーが包丁に見立てた棒を持ってやったのは無神経だ、というのもうなずける。
アエラ6月10日号は「『集団なら安全』神話は崩れた」というタイトル。
「逃げる、大声で叫ぶ、防犯ブザーを鳴らす、と言われても、いざというときに簡単にできるわけではありません。事前の訓練が必要なのです。防災と同様に、防犯訓練も広く行われることが大事ではないでしょうか」と。訓練の具体的な内容がほしいが、興味深い。
ただ、川崎の殺傷事件で「『集団なら安全』神話は崩れた」というのはおかしい。文部科学省は昨年6月、その前月に新潟市で下校途中の児童(7)が殺害された事件を受けて、安全確保策として集団登下校やスクールバスの活用を挙げた。それで分かるが「集団なら安全」という視点は、周囲に人がほとんどいない場合の対策の一つ。人通りが多い場合は、そもそも、その集団性が死角になってきた。
◆完璧な対処より拙速
危機管理に詳しい評論家の志方俊之さんによると、テロなどの「危機」に共通なのは、予知するのが極めて難しいこと。突然やってきて、とっさに対応すべきもので、「完璧な対処より拙速を」と述べている。自然災害は、いきなり、といっても予兆があったり、事後、避難する余裕がある場合が少なくない。しかし通り魔事件が起こるときは、その前後の状況がより逼迫(ひっぱく)していると言えまいか。
そう考えれば、今回の事件はテロであり、危機管理の対象だ。そういう観点から対策を考えることが大切だ。
(片上晴彦)