核不拡散条約が有効であるかのように主張する朝日の空想的平和主義

◆中国の軍拡に対処

 「自由を与えよ、然(しか)らずんば死を」。アメリカ独立戦争の指導者パトリック・ヘンリーの言として知られる。

 「鎖と隷属の対価で購(あがな)われるほど、命は尊く、平和は甘美なものだろうか。全能の神にかけて、断じてそうではない。他の人々がどの道を選ぶのかは知らぬが、私について言えば、私に自由を与えよ。然らずんば死を与えよ」(1775年、バージニア議会において)

 この言葉が心に浮かぶのは、21世紀の今日においても自由を得るために命を投げ打っている人々が少なからずいるからだ。とりわけ共産党支配下のチベットやウイグル、モンゴルがそうだ。民族浄化の蛮行と戦っている。

 そういう独裁国の中国がどこからも拘束されずに核ミサイルを配備し続けてきた。その矛先はわが国にも向けられている。これを放置し続け、その核の脅しに屈すれば、それこそ「鎖と隷属」が待ち受けている。そんな危惧は果たして杞憂(きゆう)だろうか。

 トランプ米政権はロシアとの中距離核戦力(INF)条約からの離脱を表明した。昨秋、トランプ大統領は「ロシアや中国が戦力を増強するのに米国だけ条約を順守することは受け入れられない」と述べ、「その合意を終わらせるつもりだ」と条約を破棄すると明言していた。中国の核軍拡に真正面から向き合う方針転換と評価されてよい。

 同条約は1987年にレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が調印したもので、射程が500キロから5500キロまでの地上発射型の弾道ミサイルと巡航ミサイルを廃棄するとしていた。

 だが、条約に拘束されない中国が核開発を急ピッチで進めた。それを口実にプーチン露大統領は2007年、「米露以外の国々に広げない限り、条約にとどまるのは難しい」と表明し、航続距離の長い巡航ミサイルを開発した。

 そればかりか、同大統領はクリミア併合後、「核戦力を臨戦態勢に置く用意があった」と発言し(15年3月)、欧州の人々を震撼(しんかん)させた。米軍は17年、ロシアが条約に違反して新型の地上発射型巡航ミサイル「SSC8」を実戦配備したと批判している。つまり核軍拡の火種は中国で、条約破棄の先鞭(せんべん)を付けたのはロシアだった。

◆核抑止力重視の産経

 それで米国のINF条約離脱を産経は「中国含む軍縮につなげよ」と主張し、朝日社説は「軍縮の義務を忘れたか」と言っている(いずれも3日付)。タイトルだけ見ると、両紙とも「軍縮」で一致しているようだが、本文を読むと、まるっきり違う。

 産経は「破棄は、米国がロシアと中国の核軍拡を傍観してきた姿勢を改め、綻(ほころ)んだ核抑止態勢を再構築するための措置だ。米国および日本を含む同盟国の諸国民を守る対応といえる」と米国の対応を評価する。

 さらに「現在の科学技術の水準の下では、甚大な被害をもたらす核ミサイルを確実に迎撃できる手立てはない。核戦争や核兵器を用いた外交上の脅迫は、核を含めた戦力で抑止するしかない」と核抑止力の重要性を説く。

◆反故にされた「義務」

 これに対して朝日は「米ロ中も加わっている核不拡散条約は、『誠実に核軍縮交渉を行う義務』を締結国に課している。その責務に背を向けることは核不拡散体制を掘り崩し、恐怖が覆う世界をもたらすだろう。そこに勝者は誰もいない」と、核不拡散条約を根拠に核軍縮の「義務」を説いている。

 だが、そんな「義務」はとっくの昔に反故(ほご)にされている。同条約は米露英仏中の5カ国以外の核兵器の保有を禁止するが、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮が保有するに至り、条約が描く核軍縮は絵空事に終わっている。それがあたかも有効なように主張するのは空想的平和主義の極みだ。

 聞き捨てならないのは「勝者は誰もいない」と言っていることだ。本当にそれでいいのか。自由と民主主義の価値観を共有する自由諸国は一党独裁の共産主義国に負けるわけにはいかないはずだ。

 「自由を与えよ、然らずんば死を」。そんな決意も持たずに平和を説くのはエセ平和主義者だ。それとも朝日は中国の「鎖と隷属」の下の甘美な平和を願っているのだろうか。

(増 記代司)