南北首脳会談後の朝鮮半島 北提案は「米韓離間」戦術

“ビフォー平昌”に戻る可能性

 平昌冬季オリンピック開会式に登場した北朝鮮の金与正(キムヨジョン)労働党中央委第1副部長。金正恩(キムジョンウン)委員長の妹だ。金日成(キムイルソン)一族で初めて公式に韓国の地を踏んだ。南北対話に執着する文在寅(ムンジェイン)大統領にとっては最高の賓客であり、さらに「北への招待状」という望外のギフトまでもたらしたメッセンジャーだった。

 “金与正の宣伝効果”は「数百億ウォン」(数十億円)に匹敵すると評価するのは「月刊中央」(2月号)に寄稿した南成旭(ナムソンウク)高麗大統一外交学部教授だ。南氏は国家安保戦略研究院長を務めた人物。

 これまで南北スポーツイベントがあると「美女応援団」が韓国にやって来て、メディアの注目を浴び、韓国人、特に男性たちの耳目を集めた。北朝鮮が3代世襲の独裁国家であり、政治犯収容所のある人権弾圧国家で、核・ミサイル開発を行う軍事国家であることは、この際、忘れ去られる。その意味で、美女応援団は時に「美女軍団」と呼ばれるが、対南イメージ作戦を成功させている点からすれば、「軍団」の名にふさわしい。

 だが、今回は「一人」で過去の何倍も上回る戦果を上げた。彼女の活躍で「宣伝戦では平壌の圧勝だった」と南教授は言う。

 北からの招待状で4月末に行われる予定の南北首脳会談は、何度も水面下の交渉が行われた末に実現した過去2回のそれとは違い、金与正氏が伝達した一通の招待状で突然に決まった。金正恩委員長が首脳会談を提案し、さらに、米朝首脳会談まで持ち出した背景には、国連制裁による困窮状態を脱するために「ソウルの協力を得る」という「正面突破を選んだ」金委員長の決断によるものだと南教授は分析する。

 だが、南北、米朝会談で朝鮮半島を取り巻く情勢が好転するとは限らない。南教授も厳しい見方だ。平昌五輪のために中断していた米韓合同訓練がパラリンピックが終わる18日以降に再開される。金正恩氏は「理解する」としているが、南北首脳会談で文大統領がどのような“宿題”を負わされてくるか分からない。「『現在の核』での凍結を非核化の出発点」とする“入り口論”を文氏が堅持できるかどうかも不明だ。

 ただし、左派政権では文氏の背後にいる大統領府スタッフが、過去1992年と94~96年に「チームスピリット訓練を中断」した事例を持ち出して、大統領に耳打ちしていることから、南教授は「3月から徐々に訓練中止世論をつくっていく可能性も排除できない」と警戒感を示す。

 過去2回の首脳会談では非核化がまったく実現せず、それどころか裏で核開発が続けられていた事実からして、今回、文大統領が「非核化」の成果をまったく持ち帰れなかった場合、「大統領の位置付けは困難に直面する可能性が大きい」と分析している。

 さらに南教授は、「今回の会談で対北制裁の根本を揺るがす南北合意を宣言するなら、米韓同盟は座礁するしかない」と悲観的な予測も示した。

 文大統領に“常識”があるならば、南氏が指摘した懸念を実現させることはないだろうが、そうすると「結局、朝鮮半島情勢は原点に回帰する可能性が少なくない」(南教授)ことになる。

 南北首脳会談提案が「米韓離間」戦術であることは明らかだ。それを隠すための「米朝首脳会談」提案であり、逆にトランプ米大統領はそれに乗って北の作戦効果を薄める積極策に出た格好だ。

 こうした“時間稼ぎ”プレーの裏で行われている弾道ミサイルの「大気圏再突入技術試験」が成功すれば、「朝鮮半島情勢は“ビフォー平昌”に返る」ことになるという南教授の警告が韓国民にどれだけ共感されているか知りたいところだ。

 編集委員 岩崎 哲