米新政権支える若き黒幕

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

主導権争い制した娘婿
大統領の懐刀クシュナー氏

 先月、トランプ米大統領は娘婿ジャレッド・クシュナー(36)を大統領上級顧問に登用した。表向きは中東外交と通商交渉の担当だが、実質は幅広い守備範囲をカバーする無任所閣僚級のポストなのだ。政権内で最も影響力ある側近としてクシュナーを活動させるために用意した特別職と言えよう。家族の絆を重んじるトランプにとり、クシュナーは他のいかなる側近よりも信用のおける特別な存在なのだ。

 何故(なぜ)なら愛娘(まなむすめ)イバンカと結婚したことで3人の可愛(かわい)い孫を自分に授けてくれた婿だからである。トランプとクシュナー。両者の役割分担は、新政権が目指す着地点を指し示すのがトランプだとしたら、そこに辿(たど)り着く方策をお膳立てするのがクシュナーの役回りと言えよう。両者には大きな共通点がある。第一はローカルレベルで成功を収めた不動産・建設業者の息子であり、父親が築いた地場企業を跳躍台にして大富豪に出世した共通の経歴である。第二は厳格な父親から幼少の頃よりスパルタ教育を受け、勤労精神を叩(たた)き込まれた点だ。学友たちがサマーキャンプを楽しむ中、クシュナーとその弟だけは父親が監督する建設現場に同行させられ、現実の仕事とはいかなるものかを学ばされたそうだ。トランプも同様の教育を父から受けてきたのだ。実父を凌(しの)ぐ成功を収めつつあるクシュナーの中に、トランプは若き日の自分の姿を重ね合わせているのかもしれない。

 トランプに仕える某側近は「クシュナーこそ他のいかなる者よりも大きな影響力をトランプに与えることのできる人物」と評している。

 この地位を手に入れるために、クシュナーはトランプ陣営内での熾烈(しれつ)な主導権争いを勝ち抜いてきた。昨年前半、予備選たけなわの頃、陣営内で最も権勢を振るったのは選挙対策総責任者、コリー・ルワンドウスキーだった。クシュナーはトランプの実子たちと手を組み、この人物を失脚させ、主導権を手に入れたのだ。その結果、副大統領候補選びにおいてクシュナーは他の有力候補を退け、自分が推す、無名だがイエスマンのマイク・ペンス擁立に成功したのだ。トランプ当選後、政権移行チームが発足すると、選挙戦の功労者として同チームの委員長職を望んだニュージャージー州知事クリスティーを追い落としたのもクシュナー一派だったと言われている。また当選後のトランプが米中間の外交慣行を破り、台湾の総統とまず電話会談を始めたことに中国政府が強い不快感を示した一件でもクシュナーの影響力増大を確認できる。

 この時、駐米中国大使が抗議の意向をオバマ政権に伝えたのだが、オバマ政権側はこの件を政権移行チーム内の国家安全保障問題担当にではなく、クシュナーに直接伝え、対処を求めたそうだ。不動産開発を通じ中国財界要人とも人脈を築いてきたクシュナーの対中外交手腕を頼りにしているということだ。

 クシュナー家は民族意識旺盛な正統派ユダヤ教徒だ。同家所有の不動産会社本部にはホロコーストより生還し、戦後ポーランドから渡米した祖父母の肖像が飾られているそうだ。

 こうした環境で育ったクシュナー自身もヨルダン川西岸のユダヤ人入植地に献金を続けるシオニストなのだ。だから新政権の人事で民族的利害に便宜を図ったとしても不思議ではないのだ。右派シオニスト、デービッド・フリードマンを駐イスラエル大使に指名した一件でもクシュナーの働き掛けが功を奏したと言われる。クシュナーのイスラエルびいきに反対する動きは今のところ新政権には見られない。大統領首席戦略官バノンはクー・クラックス・クラン(KKK)に共鳴する極右思想の持ち主だが、同時に熱心なイスラエル支持派なのだ。KKK等、キリスト教徒の極右がユダヤ人を嫌っていたのは昔の話だ。今では共通の敵、イスラム原理主義者を前に右派シオニストと同盟関係にあるのだ。トランプ本人も諸手(もろて)を挙げてクシュナーの姿勢を支持している。トランプのユダヤ・イスラエルびいきはユダヤ系が大きな存在感を示すニューヨークの不動産・建設業界に長年身を置き続けた結果、育まれたものなのだ。

 トランプ所有の企業、トランプ・オーガニゼーション(従業員4000人弱)の経営陣は家族を除けば9人。その内5人までがユダヤ系であることが判明している。その中には父の代から仕える古参の番頭格も含まれている。

 つまりトランプは取締役の過半数をユダヤ系が占める企業の経営者だったわけだ。彼らユダヤ系重役たちが発する影響力に染まったとしてもおかしくないわけだ。その証拠にトランプ自身もヨルダン川西岸の大規模なユダヤ人入植地ベイト・エルに献金を続けるれっきとした右派シオニストなのだ。

 さて、トランプの信任を勝ち取ったクシュナーだが、キリスト教シオニストでメディア王のルパート・マードックは彼を評して、「向こう4年間、副大統領に次いで2番目に大きな発言力の持ち主となるだろう」と予想している。筆者もそれには同感で、米政界のこの若き黒幕の言動を今後も注視してゆきたい。

(さとう・ただゆき)