電通強制捜査/他の上場企業ならこの程度の社説で済まさないはず

◆意外な実態との落差

 マイナビ大学生の就職企業人気ランキング(文系)で8位(2017年卒生)、6位(16年卒生)とベスト10を誇る広告業界のガリバー企業・電通の就労実態が実は、従業員を酷使する悪質な“ブラック”企業だったという話になる。世間が抱くイメージと意外な実態との落差は極めて大きい。

 朝日(各紙とも8日付)が第1面トップで「電通幹部ら事情聴取へ/違法な長時間労働疑い」、読売も第1面サブ「電通の勤務記録押収/長時間労働解明へ」の見出しで、厚労省の電通への強制捜査のメスが入ったことを大々的に報じたのは当然である。

 電通の女性新入社員(当時24歳)が過労自殺した問題を受けて、厚生労働省東京労働局などが7日に、労働基準法違反の疑いで電通本社(東京・港区)と、大阪など3支社を家宅捜査した。強制捜査を行ったのは昨年4月に設置された通称「かとく」と呼ばれる厚労省の「加重労働撲滅特別対策班」。全国展開する大企業を対象に、違法な長時間労働が疑われる事業所を監督指導するセクションだが、安倍政権が掲げる「働き方改革」推進の意向を受け、踏み込んだ厳しい対応に動き出したのである。

 厚労省は電通の新入社員の女性が昨年12月に過労自殺した問題で、任意の立ち入り調査を続けてきた。しかし、電通では平成3年にも男性社員が過労自殺し、昨年と一昨年の2度にわたり違法な長時間残業で労働基準監督署から是正勧告を受けてきた。それでも改善されなかったことで、悪質性が高いとみて刑事処分を求めるための強制捜査に切り替えたのである。

◆社説では産、毎のみ

 電通への強制捜査は前記のように読売、朝日をはじめ各紙は大きく報じながら、この問題を昨日までに社説で論じ深めたのは毎日と産経(いずれも8日付)だけである。

 毎日は強制捜査を「長時間労働に寛容な日本の企業風土に対する一罰百戒の意味を込めてのものだろう」と解説。2人の社員が過労自殺していることから「順法精神に欠けた体質の企業にメスが入るのは当然だ。労働局は徹底した捜査で同社の長時間労働の実態を明らかにすべき」だと厚労省の厳しい対応を支持。

 さらに、長時間労働を疑われた昨年の8530社の調査で「半数を超える4790社で違法な時間外労働が確認された」ことを挙げ、これまでに靴販売チェーン「エービーシー・マート」や大手ディスカウント店「ドン・キホーテ」などが立件されたことも「氷山の一角に過ぎない」と問題提起。「実質的な労働時間の青天井を許してきた」労使協定と労基法の特別条項付き協定などの「立法の不作為が、長時間労働のまん延を招いた」と批判し、「働き方改革」を掲げる安倍政権に労基法改正への取り組みを求めている。

 過労自殺などの悲劇が後を絶たないことに、産経は「労働実態の全容を解明し雇用慣行を早期に是正」し「残業時間規制を強化し、長時間労働の解消につなげ」ることを求めた。そのために「今回改めて労務管理などの資料を差し押さえる強制捜査に踏み切ったのは、悪慣行を絶つ強い姿勢の表れだ」と当局の踏み込んだ対応を評価した。

 その一方で政府が検討を進める「残業時間の上限規制の強化」については、「規制だけを強めても、実際の業務が見直されなければ、表に出ないサービス残業がかえって増える恐れもあ」ると指摘。形だけの規制強化では問題解決にならず、業務実態にまで踏み込んで「官民で長時間労働を是正する取り組みを進める必要がある」と注文を付けている。

◆普遍化して論じる産

 毎日、産経の主張は妥当なものであるが、それでも批判が何となく行儀いい。新聞広告で関係の深い電通に配慮してやや遠慮気味だと感じるのはうがち過ぎであろうか。

 例えば、毎日は「違法な長時間労働を行っているのは電通だけではない」と言い、産経は「過労死や自殺は電通だけの問題ではない」と、この問題を客観・普遍化して論じている。だが、これは分かりきったことで、それを言うことで問題追及の鉾(ほこ)を緩めてはいないのか。むしろ「日本を代表する企業で、他の企業の範となるべき電通が、違法な長時間労働を行い、社員の過労死を招いたことはこの問題の根が深く深刻であることを示している」と掘り下げるべきではないかと思うのである。

 もし、強制捜査を受けたのが電通でなく、他の一部上場企業だったら、新聞はこんな程度の社説では済まさないはずである。

(堀本和博)