天皇を“政治利用”する韓国

「お言葉」に高い関心/安倍政権との距離を強調

 天皇陛下の「お言葉」は日本国内だけでなく、海外でも高い関心をもって注目された。特に中国・韓国では陛下の「象徴天皇制」守護を護憲と捉え、改憲を目指す安倍政権とは距離を置いておられる、というような解説が目立つ。

 朝鮮日報社が出す総合月刊誌「月刊朝鮮」(8月号)に「安倍の右傾化を牽制(けんせい)する明仁天皇」との記事が掲載されている。外交官を辞めて、ソウルに日本うどん店「きり山」を開いた申尚穆(シンサンモク)代表によるものだ。

 申氏は同誌に「外交官出身うどん屋管理人の日本物語」という連載コラムを持っており、韓国メディアによくみられる偏向した日本観ではなく、比較的客観的な日本像を紹介する論評を展開している。

 この記事は陛下の「お言葉」以前に書かれたものだが、既にその時点で、現在韓国メディアにあふれている「天皇は平和主義者」「安倍政権とは距離を置く」という観点を提示したものとなっていた。

 韓国では植民地支配、戦争の記憶から「天皇」に対する“拒否感”が強いが、記事は天皇への誤解を解き、その実像を伝えるという内容だ。通常、このような“日本肯定”論調には激しいバッシングが加えられるが、その様子もなく、むしろ、韓国が天皇陛下への評価を転換しようとしている流れの中にあることすら感じさせる。

 申氏が紹介する天皇像とはどういうものか。「韓国ではあまり知られていないが」として、陛下が少年青年期に「米国人から米国式の教育を受けた」ことを紹介した。家庭教師エリザベス・ヴァイニング夫人のことである。彼女は篤実なクエーカー教徒だったが、「教理を伝えようとはしなかったものの、彼女の信念と愛情が(陛下の平和観に)影響を及ぼしたとみても無理はないだろう」と述べる。

 さらに、「明仁天皇が国内で受けている尊敬と人気は過去の天皇への盲目的崇拝とはわけが違う。(略)明仁天皇は最小限、戦争の責任に対する批判からは完全に自由だ」として、戦地を回って慰霊の旅を続けていることを詳しく紹介した。

 だが、韓国メディアはそうした陛下の平和への祈念、慰霊の心を無視して批判的に伝えることが多い。「軍国主義への郷愁への契機に?」「侵略戦争への率直な反省のない天皇のサイパン訪問は、日本を戦争被害国のように見せる下心がある」等々、どうしたらそのように書けるのか、悪意の想像力には脱帽するしかない。

 これに対して申氏はまともだ。「明仁天皇が歩いてきた人生の軌跡に照らして、事情を知っている人は到底納得できない論調だ」と厳しく批判し、そのように書くメディアは「韓国しかなく、中国メディアですら、そんな描写はしない」と叱っている。

 そうした中で韓国訪問だけが残っている。「天皇自身には韓国訪問の意向がある」が、「両国指導者の政略と利害関係」が障害となって実現していないと申氏は言う。「韓国にしてみれば、明仁天皇こそ日本の歴史修正主義と右傾化を牽制して、韓日間の歴史和解の新しい道を開く平和の伝令士だ」と期待を寄せる。

 その期待にはやや賛同するが、しかし、これは都合のいい解釈で、まさに「政治利用」だ。日本政府が慎重に避けていることを、韓国はおおっぴらに“内政干渉”してきているも同然である。

 そして、この観点は今の韓国にあふれている。天皇陛下を安倍政権と切り離し、「天皇は安倍の右傾化を牽制している」という構図にしたいのだ。申氏は、「天皇を味方に付けよ」とまで言っている。

 天皇陛下の韓国訪問は日韓両国にとって大きな課題であることは間違いない。韓国にしてみれば、天皇陛下を昭和天皇や安倍政権と切り離すことで、受け入れの心理的空間をつくろうとしているのだろう。だが、ここに来て位を譲られる話が出てきた。「天皇」として訪韓するのか、「前の天皇」としての訪問になるのか、重みや意味がだいぶ違ってくる。

 今後、急速な訪韓の環境整備に乗り出すのか、「お言葉」問題の整理を待つのか、日韓両政府の動向が注目される。

 編集委員 岩崎 哲