“天才棋士”圧倒したAIの「次元の違う」強さをNスぺで語る羽生氏
◆定石を覆す手で圧勝
3月に韓国で行われた囲碁の対局で、グーグルの開発した「アルファ碁」が、大方の予想を覆し世界最強レベルの韓国人棋士李(イ)世●(石の下に乙、セドル)9段に勝利することで人工知能(AI)への注目が一段と高まった。AIは、その目覚ましい進歩で生産性向上などへの貢献が期待される一方、仕事が奪われることや悪用の危険性など負の側面も指摘されている。
15日放送のNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治人工知能を探る」では、将棋棋士・羽生善治氏をリポーターとして、さまざまな分野に広がりを見せる人工知能を紹介していた。
番組では、まずアルファ碁と李九段との勝負のポイントを解説。それによって、人工知能の新技術「ディープラーニング」によって劇的に進歩したアルファ碁の強さを印象付けていた。
第1戦では、序盤の10手目で、アルファ碁が、定石から大きく外れた「奇妙な手」を打ち始めたという。「囲碁の常識も知らないようだ」と酷評した会場の解説者だったが、26手目でアルファ碁の「狙い」が明らかになると、発言を撤回。その後もアルファ碁は、定石をことごとく覆す手を打ち続け、圧勝した。
終了後、会見場に現れた李九段は、「私の方が有利に思えた時でも、アルファ碁は私が経験したこともないような素晴らしい手を次々と繰り出してきた」と首をかしげた。
羽生氏は、この言葉から「アルファ碁が、百戦錬磨の天才棋士でも思い付かない、見たこともない手筋を打ってきたのは、画期的。計算速度の速さで勝負してきた従来の人工知能とは、次元が違う」との印象を受けたという。
◆急な技術進歩に驚き
羽生氏は、このアルファ碁を開発したロンドンにあるグーグルの子会社「ディープマインド社」の最高経営責任者(CEO)デミス・ハサビス氏のもとを訪れた。10代のころから天才プログラマーとして名をはせ、16歳の時に飛び級でケンブリッジ大学に入学したハサビス氏は、4歳の時に始めたチェスを通して「ひらめきや先読み、直感といった人間の知性の仕組みを解き明かしたい」と考えるようになったという。
アルファ碁は、直感によって選択肢を絞り込むことができる人間の脳の働きを模倣させ、さらにアルファ碁同士で3千万局の対戦を繰り返し、囲碁の歴史で人間がまだ発見していない「未知の戦法」を発見させようとしたものだ。
以前から、将棋が強くなるということは「たくさんの手を読めることではなく、考えなくて済むようになること」だと語っていた羽生氏は、これまで人間だけが持つと思われていた「直感」をも獲得して強くなったアルファ碁について、「未知の領域に人間より先にたどり着こうとしている」と驚きを隠せない様子だった。
番組は、このディープラーニングを用いたAIの技術が世界中で医療や自動運転、都市の交通制御といったさまざまな分野に活用され、変革を起こしている様子も紹介したが、一方で、AIが「暴走」する危険性も指摘。その一例として挙げられたのが、マイクロソフト社が開発したスマートフォンで人間と会話できるソフト「T a y(テイ)」だ。「ヒトラーは正しかった」などの問題発言を繰り返したことで、無期限の停止に追い込まれた。その原因は、一部のユーザーがその学習機能を悪用し、差別発言を吹き込んだことで、「純粋無垢(むく)な子供のように“悪意”を刷り込まれてしまった」からだと説明された。
◆AIにはない倫理観
番組ではまた、人工知能に感情を持たせる研究として、人間と会話できるヒト型ロボットも紹介。こうした研究は、ナレーションにもあった「人間も機械も突き詰めれば、物質にすぎない。機械に心を持てない理由はない」といった、人間の意識や感情は脳が作り出すという唯物論、進化論的な発想が背景にある。しかし、AIロボットに状況に応じた言動がある程度できたと言っても、実際に人間と同じような喜怒哀楽の感情を持つということとは大きな隔たりがある。番組はやたら「心を持てる」と持て囃(はや)すが、AIに「心」と感じるのは所詮(しょせん)は心がある人間であって、AIはただのメガデータおよび優秀な解析計算力にすぎない。
最後に羽生氏は「驚異的な能力を持つ人工知能だが、それ自体に倫理観はない。使い方次第で『天使』にも『悪魔』にもなる」と指摘したが、示唆に富む言葉だ。AIが“暴走する”とは言っても、結局、問われるのは、人工知能というツールを用いる人間側の“心”ということだろう。
(山崎洋介)










