ペルシャ湾岸情勢緊張の背景に「イランの帝国主義」指摘するWSJ

◆影響拡大を画策する

 サウジアラビアで、イスラム教シーア派の高位聖職者ニムル師の死刑が執行されたことにイランが強く反発、ペルシャ湾岸に緊張が走った。これに関し米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は「イランとロシアがサウジ家の転覆に関心」とした社説を掲げ、イランの「帝国主義」が地域の不安定化の一因と非難した。

 同紙によると、ニムル師は、1980年代から90年代にかけて、サウジ東部の武装組織「ヒジャズのヒズボラ」の指導者だったという。イランのアヤトラ・ホメイニ師を支持し、「サウジ、バーレーン、クウェートのスンニ派が支配する王朝は非合法」だと宣言していた。一時は、革命の主張をトーンダウンさせていたが、2009年以降、武力による革命を再度主張し始めていたという。

 ニムル師は「アラブの春」の影響を受けて高まったサウジ国内の少数派シーア派勢力の反政府活動を支持したとして逮捕、14年に死刑判決を受けていた。

 これに反発したイランなどシーア派イスラム教徒が、抗議デモを行い、イランではサウジ大使館・領事館が襲撃された。サウジは直ちに断交を宣言、バーレーン、スーダンなどがこれに続いた。

 サウジがなぜ、この時期に死刑を執行したのかは不明だ。だが、英紙ガーディアンは、サウジには、国外のシーア派勢力を通じて湾岸での影響力拡大を画策するイランに対するいら立ちがあり、さらに、昨年1月のサルマン新国王の就任で反政府勢力への締め付けも強まっていたと指摘している。

◆反政府活動に危機感

 しかし、ガーディアン紙は「ニムル師の裁判は茶番」と判決の正当性そのものに疑問を投げ掛ける。人道団体からも、サウジの死刑が増加していることへの懸念も出ていた。だが、ニムル師はサウジ人であり、同じ宗派の聖職者というだけで、イランがこれほど強く反発することは理解に苦しむ。

 サウジ人コラムニストで駐米大使などを務めたジャマル・カショギ氏はコラムで、「自由、民主主義、すべての価値観、権利がイランの計画によって打ち砕かれている」と指摘、イランの「拡張主義」がサウジへの対応の根底にあるとみている。イランは、シリアのアサド政権を支持し、イエメンではシーア派武装組織フーシ派を支援、バーレーンで2011年に起きた反政府デモにもイランの影響力が及んだとみられている。イラクでは多数派シーア派が実権を握るなど、イランの影響力は各地でみられる。

 サウジのシーア派は人口の10~15%とみられ、富の配分の不公平感などから、シーア派国民の体制への不満は強い。カショギ氏は、サウジがイランと対立するのは「イランの攻撃的な拡張主義」が原因だと主張しており、死刑の執行はサウジ側のイランへのメッセージまたは、シーア派による反政府活動への危機感がその背景にあるとみられる。

◆優柔不断で不安定化

 米国の中東政策も影を落とす。

 米国主導のイラン核合意によって、間もなく対イラン経済制裁が解除される。凍結されていた巨額の資金をイランは手にすることになり、経済力を増すとともに、国外へのシーア派勢力への支援も増すのではないかという危機感がサウジにはある。

 イランは、国連決議違反の弾道ミサイル試射を行い、米艦艇の間近で実弾演習を行うなど、米国に対する挑発を強めている。

 弾道ミサイル試射に米国は制裁を科さなかった。WSJはこれについて、「イランの指導者らは、核合意で米国の対応を抑えることができると考えている可能性がある」と指摘している。

 イラン核合意は、任期があと1年足らずとなったオバマ大統領の重要なレガシー(遺産)の一つだ。制裁を科せば、イランは「いつでも合意を放棄できる」ため、米国はオバマ政権は大胆な行動には出られないとみているというのだ。

 核合意を受けて、米国とサウジの間に隙間風が吹き始めているのは確かだ。ニムル師の死刑執行も米国は事前に把握していなかったことがそれを物語っている。

 WSJは、「サウジは(米国にとって)やっかいな同盟国だ」としながらも、中東の不安定化と勢力の拡大をもくろむ「イランとロシアに(サウジ)王国を守る意志を明確にすべきだ」と結んでいる。

 オバマ政権の優柔不断が中東の不安定化にも拍車を掛けている。

(本田隆文)