花も実もある充実した内容だった読売の新年シリーズ「明日を語る」

◆“横綱相撲”の顔ぶれ

 旧年を真っ白にリセットして新しい気持ちで希望を膨らませる年の始まりに読む新聞の楽しみは、今年はどんな年になるだろうかと多方面にわたり未来を展望する記事を読みながら自分なりに考えられることではないだろうか。当然、<初暦知らぬ月日は美しく>(吉屋信子)と心は弾む。前はそんな材料を提供する華やかな企画記事を展開して新聞は競い合っていた気がするが、最近は流行らないようである。

 長く続いたデフレによる縮み思考からなかなか抜けられない今の日本人とは合わなくなった一面もある。また作る側からすれば結構、手間のかかる仕事になる割には新年を彩る飾り記事以上の評価を得られない。加えて、厳しさ増す経営環境下で編集人員の削減を進めてきた結果、元旦の特集紙面(第2部以下の別刷り)にも手をとられるため、そうする余裕がなくなったこともあろう。

 そんな中、昨13日付で3日からの新年企画シリーズ(8回)を終わったが、読売の「明日を語る/2016」(第1、2、中面掲載)は、一度は話を聞いてみたいと思う顔ぶれをそろえ、この時期に相応しい花も実もある充実した内容の読み応えある企画となった。シリーズは一問一答のインタビューではなく、当代の各分野の世界トップに「明日の展望」を語らせ、それをまとめたもの。

 この企画が面白いのは同時に、第1面のほかにもう1人の日本人にも語らせ、これに関連データや図解、メモ解説などを添えて中面に全面掲載。そこでテーマの背景説明や具体的な実践を語らせてフォローしたりで、テーマを深く掘り下げている。すぐに読まなくても、切り抜きして取り置いて時間に余裕のあるときにじっくり読んでみたくなる保存版のようで、大変な手間をかけたシリーズと分かる。読売ならではの横綱相撲を見せたのだ。

 ちなみに、第1面に登場する顔ぶれは以下の通り。①マイクロソフト社創業のビル・ゲイツ(60、ビル&メリンダ・ゲイツ財団共同議長)3日、②ゲアハルト・シュレーダー(71、前ドイツ首相)4日、③長嶋茂雄(79、巨人軍終身名誉監督)5日、④ウィリアム・ペリー(88、元米国防長官)6日、⑤五百旗頭(いおきべ)真(72、熊本県立大理事長)10日、⑥アンヘル・グリア(65、ОECD事務総長)11日、⑦ミッキー・カンター(76、元USTR代表)12日、⑧原田謙介(29、NPO法人代表)13日――の各氏で錚々(そうそう)たるメンバーである。

◆メリハリある語り部

 各回に対応する中面の語り部も、メリハリの効いた人選で興味をそそられる。①14年のノーベル物理学賞受賞の天野浩(55、名古屋大学教授)、②安藤隆春(66、元警察庁長官)、③上地(かみじ)結衣(ゆい)(21、車いすテニス選手)、④伊藤俊幸(57、元海上自衛隊呉地方総監)、⑤廃校を利用した自然体験施設(宮城・石巻市)で被災地域の活性化に取り組む油井元太郎(40、モリウミアス代表)、⑥柳井正(66、「ユニクロ」のファーストリテイリング会長兼社長)、⑦環太平洋経済連携協定(TPP)対応の農業の攻守を展望する山崎能央(よしお)(41、埼玉・杉戸町の農業生産法人ヤマザキライス代表取締役)、⑧羽田圭介(30、作家)の各氏である。

 2014年の財団の寄付総額が39億㌦(約4700億円)に上るビル・ゲイツ氏は、シリーズでアフリカの医療支援が科学技術の革新で一層効果的になったことを語る。昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士の発見で開発された抗寄生虫薬が、特に失明につながる河川盲目症を激減させたことはよく知られている。薬は製薬会社が無償提供し、ゲイツ氏の財団が薬を「アフリカの感染国に届くよう援助をしている。……30年までにはこの感染症を地球上からなくすことができると思っている」。

 人工衛星からの高解像度画像を使うと「地図にも載っていない集落を見つけることができる。手足のまひを起こすポリオのワクチン配布では、私たちはこの画像を使い、津々浦々の集落に配ることに成功した」。そして「私たちはまだ投資する必要がある。すべての命は平等なのだから」と熱く語る。

◆分かる安保法の意義

 伊藤俊幸氏は01年9月の米同時テロが起きた際、米国の護衛要請に、東京湾を出港する米空母「キティホーク」を「調査研究」目的で海上自衛艦が並走することで対応したことを語る。安保関連法の施行で、日本を守る米軍艦船を「平時から自衛隊が護衛できるようになる」ことの意義を現場実感から語る言葉は、分かり易く理解が深まる。

(堀本和博)