産経記者無罪、不毛な争いはもう止めよ


 韓国の朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして産経新聞の加藤達也前ソウル支局長(49)が訴えられた裁判の一審判決で、ソウル中央地裁は懲役1年6月の求刑に対し無罪を言い渡した。韓国司法の判断が日韓関係好転につながるかが今後の焦点だ。

 さながら政治裁判

 加藤氏は昨年8月掲載の電子版記事で、同年4月の客船「セウォル号」沈没事故の際に朴大統領の所在が明らかになっていないことをめぐり、男性との密会の噂を示唆した韓国紙・朝鮮日報のコラムを引用しながら朴政権のレームダック(死に体)化を指摘した。

 これを問題視した第三者の市民団体メンバーが告発し、青瓦台(大統領府)も「民事、刑事での責任を追及する」と加藤氏に伝えてきた。韓国内にも少なからず慎重論がある中で検察当局は在宅起訴に踏み切り、加藤氏は約8カ月に及び出国を禁止されるという異例事態となった。

 裁判の主要争点は「虚偽の内容と知りながら大統領誹謗が目的だった」(原告側)のか、「公人中の公人である大統領に関する記事に公益性はある」(弁護側)のか、の二つだった。判決で裁判長は、噂は「虚偽」だが「特派員として韓国の政治・社会状況を伝えるために書いた」もので「誹謗目的はなく、言論の自由を保護する範囲内」との見解を示した。至って妥当な判断だ。

 そもそも起訴そのものに無理があった。「得るものなく、損ばかりの馬鹿げた起訴」とは韓国大手紙看板コラムの弁だ。

 振り返れば起訴当時の日韓関係は戦後最悪と言えるほど悪化していた。安倍晋三政権発足後、韓国はいわゆる元従軍慰安婦問題をはじめ歴史認識絡みで日本の“右傾化”に神経を尖らせていた。そこへ韓国内で日ごろから「日本右翼の代弁紙」と批判されていた産経新聞が「独身の女性大統領」をめぐる「口にするのも憚られる異性問題」を取り上げたという構図が韓国、特に大統領周辺を必要以上に刺激したのは否定できない。

 判決公判では韓国外交省が裁判所に善処を求める異例の文書を提出していたことが明らかにされた。最近の日韓関係改善の動きを踏まえて日本側の要請を受け入れるよう促したもので、司法自ら事実上の政治介入を認めたようなものだ。

 「反日」国での日本人被疑者に対する無罪は大方の予想を覆すものでもあった。言論の自由を重視する国際世論の批判をかわす思惑もあろうが、逆に言えばそれだけ韓国司法が時の政治権力から自由でいられなかった証左かもしれない。裁判は終始、日韓関係に左右された政治裁判の様相を呈した。

 中国の台頭や北朝鮮の武力挑発など近年緊迫化する北東アジア情勢に鑑み、日韓がさらに火種を抱え込むのは双方の国益を損ねるだけだ。韓国には今回の裁判を言論や表現の自由を保障する民主主義について冷静に再考する機会としてもらいたい。

 協力分野多い日韓

 幸い青瓦台は判決後、これ以上追及しないと明らかにし、検察による控訴の可能性は弱まった。安保や経済をはじめ協力すべき分野が多い日韓に不毛な争いをしている余裕はない。

(12月19日付社説)