犯罪急増の背景に「警察叩き」

萎縮する警官、揺らぐ法秩序

治安悪化の犠牲者は黒人自身

 昨年8月に米ミズーリ州ファーガソンで黒人青年が白人警官に射殺されたことをきっかけに、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」(BLM)と呼ばれる警察に対する抗議運動が全米に拡大した。だが、反警察機運の高まりにより、警官の士気が低下し、各地で凶悪犯罪が急増している。皮肉にも、犯罪増加による最大の犠牲者は、治安の悪い地域に住む黒人貧困層だ。(ワシントン・早川俊行)

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11月25日、シカゴで行われた警察に対する抗議デモで警官(左)を睨みつける黒人青年(UPI)

 米メディアによると、米国では1990年代以降、犯罪が劇的に減少していたが、首都ワシントン、ボルチモア、セントルイス、シカゴ、ミルウォーキーなど35以上の都市で、殺人などの凶悪犯罪が急激に増加している。

 その大きな要因として指摘されているのが、「ファーガソン効果」だ。ファーガソンでの事件を契機に広がった猛烈な警察バッシングにより、現場の警官が萎縮し、積極的な取り締まりをしなくなったことが犯罪を助長している、との見方である。

 反警察機運と犯罪急増の因果関係が正式に証明されたわけではない。だが、ジェームズ・コミー連邦捜査局(FBI)長官は10月、「昨年以降、冷たい風が警察に吹き荒れている。この風が(警官の)行動を変えていることは確かだ」と述べ、ファーガソン効果が犯罪急増の一因であるとの見解を示した。

 現在の警察バッシングは批判の次元を超え、警察を軽蔑・敵視する風潮にまで発展している。

 「ある大都市の警官はパトカーから降りた瞬間、携帯電話のカメラを構えた若者たちに取り囲まれ、ののしられたと話していた」。コミー長官によると、現場の警官たちは嫌がらせなどを受けることで、警察を敵視する市民に「包囲されている感覚」に陥り、パトカーから降りて治安を守る任務を果たすことに消極的になっているという。

 この状況について、シンクタンク、マンハッタン研究所のヘザー・マクドナルド研究員は、「都市部で法秩序そのものが崩壊しつつある」と強い懸念を示す。

 BLM運動の活動家たちは、警察を黒人の脅威と呼んで糾弾するが、黒人の凶悪犯罪で黒人が犠牲になるケースのほうが圧倒的に多い。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)に掲載された元ニューヨーク市警エドワード・コンロン氏の評論によると、2001年以降、9万人以上の黒人が黒人によって殺害されている。同年発生した9・11同時テロでは約3000人が犠牲になったが、その2倍の数が毎年、黒人対黒人の犯罪で亡くなっているのだ。

 「黒人の若者が死ぬ主な原因が彼らの仲間による殺人であることを、BLM運動がどうして無視できるのか、私には理解できない」。コンロン氏は警察だけを一方的に断罪するBLM運動に苦言を呈した。

 警官の過剰対応によって黒人が不当に殺害される事件が起きていることは事実だ。シカゴでは、黒人青年を拳銃で16発撃って殺害した白人警官が先月、第1級殺人罪で起訴された。

 だが、BLM運動が生まれる発端となったファーガソンの事件はそうではない。黒人青年は警官に降伏していたのに背中から撃たれた、などの噂が広がり、暴動に発展したが、青年はコンビニエンスストアで強盗を働いた後、警官を殴り、銃を奪おうとしたのが真相である。

 WSJの黒人コラムニスト、ジェイソン・ライリー氏は、BLM運動を「嘘に基づいて生まれた」と断じた上で、「警察と白人社会をスケープゴートにしている」と、黒人社会の問題を責任転嫁する姿勢を厳しく批判した。

 皮肉にも、ファーガソン効果による犯罪急増で最も犠牲になっているのは、治安の悪い地域に住む黒人貧困層だ。ニューヨーク・タイムズ紙は、ミルウォーキーで今年、5人の子供のうち2人がそれぞれ別の事件で射殺され、1人が銃撃で負傷した黒人家庭の悲劇を報じた。また、ボルチモアでは今年7月、1カ月間に1972年以降では最悪となる45人が殺害されたが、2人を除く全員が黒人だった。

 マクドナルド氏によると、90年代以降の劇的な犯罪減少は、警察が黒人を犯罪被害から守るため、黒人が多く住む地域の取り締まりを強化したことが大きな要因だという。同氏は「警官がそこ(黒人地域)にいるのは、彼らが黒人の命を大切だと思っているからだ」と指摘する。

 だが、警察の積極的な取り締まりによる治安改善の成果も、激烈な警察バッシングによって失われようとしている。

 BLM運動に同情的なオバマ・ホワイトハウスは、黒人社会の反警察感情を積極的に和らげようとはしていない。ファーガソン効果についても懐疑的で、コミーFBI長官の発言に反発するなど、犯罪急増の背景をめぐり、政権内で対立が生じている。