エジプト大統領、イスラム教スンニ派最高権威アズハルに「宗教改革」求める

 シシ・エジプト大統領が、イスラム教スンニ派最高権威アズハルに対し、イスラム教内宗教改革を求めた。イスラム過激派によるテロや蛮行に対し、「彼らはイスラム教徒ではない」と、トカゲの尻尾切りに徹し、イスラム教とコーラン、及びイスラム指導者の責任が問われることから逃げ続けてきたアズハル指導部は、大統領からの直接の檄(げき)に震撼(しんかん)、改革に着手した。今後、改革の徹底度を注視する必要がある。(カイロ・鈴木眞吉)

「暴力正当化する思想一掃を」

宗教間の和解推進にも意欲

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1月27日、リビアの首都トリポリで、襲撃されたホテルの周囲で警戒する治安部隊。過激組織「イスラム国」のリビア支部が犯行を認めた(AFP=時事)

 シシ大統領の「宗教改革」を求める動きが表面化したのは、昨年10月28日、同国の宗教財産相と会談した折だ。大統領は、アラブ・イスラム諸国の発展に対応したイスラム教義の新解釈を断行する重要性を強調、イスラム教のイメージを傷つける「攻撃的・対決的」解釈を一新し、イスラムの教えから暴力思想を一掃するよう求めた。過激派がイスラム暴力思想を利用できないよう、それらを新解釈するイスラム教内宗教改革の断行を命じたのだ。

 「イスラム国(IS)」が「イスラムの名の下に、キリスト教徒やヤジディ教徒を殺害・迫害している」のを横目に、「何もしないアズハル」の姿勢に業を煮やしたカトリックや英国国教会が「アズハルはイスラム過激派を批判すべき」と圧力をかけたのに対し、のらりくらりしていたアズハルは、シシ大統領の檄に震撼、一転して、アズハル国際会議を開催した。

 イスラム教以外の指導者も含め国内外700人余りの宗教指導者が参集した昨年12月3-4日の会議で、グランド・イマムのタイエブ師は、「誤解して過激派グループに合流する若者に責任を持たねばならない。彼らはジハード(聖戦)の意味について誤解している」と明言した。アズハルは過去の教育の不充分さを認め、イスラム教徒教育に全責任を持つ姿勢を表明したのだ。

 シシ大統領は12月28日、アズハル大学で聖職者や学生を前に演説し、「イスラム教の書物や説教によって、暴力を正当化する思想が生まれた」と指摘、「今こそ、イマムが、それを止めねばならない」と強調した。テレビ演説では「真に開かれた思想に近づくには、ここから出て、外から見よ。我々の宗教を改革する必要がある」と語り、イスラム教内宗教改革の断行を求めた。アズハルは当日、学生51人を退学処分にした。

 米紙ワシントン・タイムズはシシ大統領の発言を、「9・11以降、これほどまでにはっきりと発言した指導者は世界中にいない」と称賛。イスラム票を集めるためイスラム教に融和姿勢を取ってきたオバマ米大統領やオランド仏大統領、キャメロン英首相らが「イスラム教とイスラム過激派は無関係」「攻撃を実行したテロリストは狂人で、イスラム教徒ではない」と口をそろえてきた姿勢と比較、シシ大統領を絶賛した。

 シシ大統領は今年1月、コプト(エジプトのキリスト教)教会本部のクリスマス祝祭に参加した。現職大統領が参加したのは初めてという。宗教間の和解を推進する大統領の基本姿勢を国内外に示したのだ。

 シシ大統領は1月22日、ダボスでの「世界経済フォーラム」の演説後の質疑で、「我々は宗教教義を変え、暴力に導く部分を取り除かねばならない」と明言、過激思想を封じる大胆な教義の見直しに取り組む姿勢を強調した。

 襲撃事件や誘拐殺人などのイスラム教徒によるテロは、米国やイスラエルの陰謀や貧困などの社会的要因が第一義的原因ではなく、「コーランの言葉に基づく、イスラム信仰・思想」によってもたらされており、根本的な解決は、その中にある暴力正当化部分の再解釈を行う「宗教改革」による以外にない。暴力思想には、生死観、天国観、聖戦思想などが直結しているからだ。

 イスラム教は今後20年以内に世界最大の信徒数を抱えるだけに、アズハルの責任は余りに重大だ。

 18世紀以降の欧州で、合理主義精神の下、聖書がズタズタに細分化され、旧約の預言者モーセが書いたと信じられていたモーセ5書が、複数の聖書記者によって書かれていたことが判明するなど、「神の言葉」に対する認識が一変したが、今回の宗教改革がイスラム教聖典に対してどこまで徹底されるかは不明だ。

 しかし、「イスラム教徒による宗教改革」が掛け声だけに終わらないよう、国際社会は、アズハルの動きを注視する必要がある。