医療従事者の責任を説くべきだったサンデー毎日の「体外受精問題」
◆体外受精の賛否問う
長野県の「諏訪マタニティークリニック」の根津八紘院長(72)が先月末、都内で記者会見し、妻が夫の実父(義父)から精子提供を受ける不妊治療で17年間に118人が誕生したことを明らかにした。これを受けサンデー毎日(8月17・24日号)は「夫に似た子供を!義父の精子で体外受精『17年で100例超』」「その賛否を20~40代の女性101人に緊急アンケート。あなたならどうする?」としてこの話題を取り上げている。
「やむにやまれぬ場合、あなたは義父の精子で子供を産みますか?」と問うたアンケートに101人のうち69人が回答。産みたい7・2%、産みたくない78・3%、わからない14・5%という結果だった。「産みたくない」の意見として「生理的にムリ。気持ち悪い」(30代、出産経験なし)が代表的なもので「産みたい」では「知らない人より同じ遺伝子を持つ人のほうがいい。他人が意見するものではない」(30代、出産経験なし)といった声を紹介している。当の根津院長は「夫の父が提供者であるなら、兄弟などと比べても最も利害関係がなく、夫との(遺伝的な)つながりもあります」という。
こうした意見に対し、城西国際大の清水清美教授(看護学)は「生まれた子供がどう感じ、生きているかを追跡する必要があります。国がこうした声を把握して、これまでなかったルールやサポート態勢を作るべきです」とコメント。その上で記事は「アンケートには、こんな声も寄せられた。『生まれてきた子供には、みんな幸せになってもらいたい』実現するのはいつの日か」と結ばれている。
◆代理母出産の実施も
確かにその通りだが、生殖医療についてはわが国でもこれまで30年余りの実質的な論議の経緯があり、その是非について編集部の踏み込んだ見解があってしかるべきだ。医者ら医療従事者の役割について、医療技術を単に妊娠、出産の道具として提供するだけでいいのか、どうか。「生まれてきた子供には、みんな幸せになってもらいたい」との願いは誰にも共通するが、記事の結論としては食い足りない。
既に代理出産については、日本産科婦人科学会が昭和58年に自主規制を決めるなど、社会的問題となってきた。しかし渦中の根津院長は、国内初の代理母出産を実施し、平成13年にその事実を公表。以後、確信的に受け入れ、19年には祖母が孫を産む形での代理出産を手掛けた。今回の医療もその延長線上にある。記事でも紹介されているが「国内初の姉妹による非配偶者間体外受精や、母娘による代理出産実施を公表し、生殖医療のあり方について問題を投げかけてきた」人物だ。
この間、平成20年に日本学術会議の委員会(委員長・鴨下重彦東大名誉教授、当時)は代理出産について法律で禁止すべきであるとの報告案をまとめた。その上で法規制に関しては、犯罪性が低いため一律に罰則を科すのは適当でなく、営利目的についてのみ、代理母以外の関係者を処罰すべきだとした。しかしその後、国会での法論議は必ずしも芳しくなく法的な結論は出ていない。
例えば子に出生に関する事実を伝えるか伝えないかの「告知」問題はどうすべきか。当の根津院長は「子供が疑念を抱くなど、必要になったら必ず告知するように言っているが、告知は夫婦に任せている。親子関係の構築こそ大事です」という。親子関係の構築の重要性は指摘するが「告知は夫婦に任せている」と、どこか逃げ腰だ。
医者を含む技術者、科学者には従来、価値といったものにはあえて触れずにいることを良しとする立場があった。しかし、今日のように、科学技術が生活の奥深くまで取り込まれ、人々の運命をも決しかねない時代に、科学者の責任には重いものがある。科学者こそ自然への愛情や人間的価値の再検討さらに人間同士の協力の必要などに関係した新しい倫理基準の樹立のために声を上げてほしい。
◆「夫に似た…」は誤導
ところで、今回の根津院長の発表では、夫に精子がなく実父の精子と妻の卵子による体外授精を行った夫婦110組中27組は、他施設で第三者の精子を妻の子宮に注入する人工授精を受けたが妊娠せず、同クリニックの治療により、21組が子供を出産した。従ってタイトルの「夫に似た子供を!」というのは必ずしも当たらない。読者を誤導しかねない見出しだ。
(片上晴彦)