電力全面自由化と原発の両立の道探れと日経が示す次なる問題意識
◆原発止めた重い代償
北海道電力が先月末に家庭向け電気料金の引き上げ(平均17・03%)を経済産業省に申請した。管内の泊原発の再稼働が見通せず、火力発電の燃料費負担が収益を圧迫しているからである。経産省の認可が不要な企業向けも平均22・61%引き上げるという。
東日本大震災後、同社を含む七つの電力会社が相次いで料金を本格的に引き上げたが、再度の値上げは今回が初。
同社はもともと発電量に占める原発の比率が高い。原発に代わる火力発電用の燃料費負担は収益を直撃。昨年9月の値上げによる増収効果はすぐさま吹き飛び、3期連続の経常赤字と苦境が続く。
各紙社説の見出しを見ると、原発支持派の読売(4日付)は「原発再稼働で火力頼み脱却を」と訴え、産経「主張」(1日付)は「『原発ゼロ』の重い代償だ」と苦境の是正を説く。日経(1日付)は「続く電力危機を映す北海道電の再値上げ」と現実の問題点を浮き彫りにし、本紙(2日付)は「原発再稼働で安価な電力を」と電気料金の相次ぐ引き上げが家計、企業など産業経済社会や景気に及ぼす悪影響に懸念を示すものになった。
一方の反対派は毎日(2日付)1紙だけの掲載で、「許されない問題先送り」である。
朝日(1日付)は北電の値上げ申請ではなく、福島原発事故原因の裁判を取り上げ「究明求める声を聴け」で、東京(4日付)は原子力規制委員会が九州電力川内原発の審査合格に関して実施しているパブリックコメントをテーマに「広く、深く、声を聴け」とした。奇しくも2紙の見出しには「……声を聴け」と同じ言葉が並ぶ。リベラル紙の好きなフレーズのようである。
◆堂々巡りの毎日社説
ところで、前述の毎日の言う「問題」だが、いまひとつ分からない。
毎日社説は、事あるたびに「原発停止に伴う燃料費の増加が、料金値上げに直結すると国内経済は大きな打撃を受ける」と訴えているから、「問題」とは政府(経産省)の「上げ幅圧縮のための一段の合理化努力を促す必要」であり、北電の「最大限のコスト削減努力」を指すようである。
しかし、「もっとも、合理化計画は1回目の値上げ認可の際に織り込んでいる。更なるコスト抑制には限界があるだろう」と半ば打ち消し、次には「問題はわずか1年で再値上げが必要になったことだ」として、「1年単位で計算していたコストを3年間の平均に変えた」料金算定方式を問題視。「3年の間には原発が再稼働し、燃料費を抑制できるはずだから値上げは小幅で済むという皮算用だった」と批判する。要は「原発が再稼働しなければ前提は崩れる」から、「原発再稼働の前提」が問題であり、「甘い見通し」ということらしい。
毎日は「だから原発を動かせというのは短絡的」「福島の事故を踏まえれば、原発依存からはできるだけ早く脱却する必要がある」と指摘し、「そうであれば、ある程度の料金値上げは受け入れざるを得ない」と説くのだが、その直後にまた、「もっとも、原発停止が料金値上げに直結したのでは日本経済は立ち行かない」と言う。堂々巡りで何が言いたいのか分からなくなるのである。
この社説が最も言いたいのは「料金抑制のために官民で知恵を絞らなければならない」ことのようだが、印象に強く残るのは、電気料金の上昇は国内経済に大きな打撃を与えかねず、現実に原発停止でそうした事態に直面しているという事実である。当面の対策として、同紙が「短絡的」と除外する(安全が確認された)原発の再稼働を進めることの方が理に適(かな)っている。/p>
◆現実踏まえた対策を
考えたいのは、日経4日付社説が提起した、「電力自由化時代に原発をどう残し、どう減らすのか」という視点である。自由化に伴い、原発の建設や廃炉のための巨額の費用を支えてきた地域独占や総括原価方式料金がなくなるからである。
しかも、同紙が指摘するように、10年後、20年後に再生エネルギーが「安価な電力供給の主役になれるかは不透明」な状況では、「選択肢としての(原発の)新増設をいま放棄することはできまい」とみるのは尤(もっと)もである。
原発再稼働という短期的な対策ばかりでなく、10年、20年を見据えた中・長期的な対策でも、現実を踏まえた議論が重要である。
(床井明男)