民主化へ正念場のエジプト、シシ国防相が大統領選に出馬表明
エジプト暫定政府副首相のシシ国防相(59)は3月26日、次期大統領選出馬の意向を表明した。選挙は5月26~27日に実施される。同氏は昨年7月、国民大多数の支持を得たとは言え、モルシ前大統領から大統領権限を剥奪したことから、日本を含む欧米マスコミは「クーデター」の首謀者として批判したが、当人も国民大多数も、「アラブの春」への「第2革命」と主張し続けている。「クーデター」の汚名をすすぎ、「第2革命」との主張が実証されるか否かは、選挙が公明正大に行われ、民主的新憲法が守られるなど、民主主義が進展するかにかかっており、エジプトは今、正念場に立たされている。(カイロ・鈴木眞吉)
治安と経済の悪化招いた同胞団
シシ氏は、現代は「何人も、国民の意思に反して、国民に支持されずして大統領になることはできない」時代であり、「国民の望まない大統領への投票を誰も強いることはできない」と述べ、モルシ氏の権限喪失は、「信頼を失った指導者がたどる道」だったことを示唆、自身の出馬は、「国民の求めに応じた決断である」ことを強調した。
シシ氏は当初、大統領選出馬を固辞し続けたが、モルシ氏の出身母体「ムスリム同胞団」や同胞団を母体とするパレスチナのイスラム根本主義過激派組織「ハマス」、国際テロ組織アルカイダ系イスラム過激派武装組織などが、暫定政権への抵抗運動を激化させて治安を攪乱(かくらん)、3大収入源の観光業やスエズ運河を脅かすにつけ、国民が、“治安のプロ”、“軍人”シシ氏への出馬要請を強めるに至り、可能性を示唆するようになった。
シシ氏の出馬決断理由の一つは、同氏が出馬しなければ先回と同様、多数の候補者が乱立、漁夫の利を同胞団にさらわれる可能性もあったことだ。
エジプトが真の民主国家になるには、同胞団を含むイスラム勢力にも多大な責任がある。絶対者への絶対信仰から来る独善性と暴力体質を捨て、民主主義的な個人と組織に生まれ変わる必要性があるからだ。
同胞団は、西洋からの独立とイスラム文化の復興を掲げ、1928年エジプト北東部イスマイリアで、「イスラム法(シャリア)によって統治されるイスラム国家の確立を目指す」団体として、ハサン・バンナールにより結成された。同団の理論家として知られるサイエド・クトゥブは、ナセル時代に獄中で思想を先鋭化させ「武力を用いてでもジハード(聖戦)により真のイスラム国家建設を目指すべきだ」と主張した。同氏が1966年に処刑されると、彼の思想は神聖視され、後にサダト大統領を暗殺したジハード団や、1997年のルクソール事件を起こしたイスラム集団などのイスラム過激派組織を誕生させていく。国際テロ組織アルカイダの現指導者ザワヒリはジハード団幹部だったことから、エジプト国民は、アルカイダと同胞団を同根とみる。
ムバラク元大統領が、「過激派を生む潜在集団」として非合法化し、現暫定政権が「テロ集団」に指定した理由は、迫害を逃れるため暴力を否定し穏健派を装いながら、いざという時に武装し、暴力集団に変身する本質を見抜いての措置。モルシ氏は自身を法の上に置いてその本質を露呈、国民の厳しい批判にさらされた。
同国中部ミニヤ県の裁判所は3月24日、同胞団員529人に死刑判決を言い渡した。エジプト史上最多の死刑判決ながら、大半の国民は当然と受け止めている。2011年革命が同胞団によって乗っ取られ、3年間振り回され続け、観光と経済が低迷した原因が、同胞団の身勝手な行動にあったことを身に染みて感じているからだ。今でも停電がほぼ毎夜あり、国民は、生活水準が大幅に下がったことを実感している。「同胞団には2度とだまされまい」との思いが、“シシ大統領待望”理由の一つになっている。
大相撲の大砂嵐関の実家があるダカレイヤ県を3月初旬に訪れた時にインタビューしたアハマド・ファミド同県元警察署長は、最近多発する同胞団によるテロと暴力は、大統領選と新憲法を葬り去ろうとの戦略から来ている、と強調した。
同胞団が「イスラム法によるイスラム国家」に固執する限り、信教や言論の自由を保証することはできない。エジプトが民主国家になるには、同胞団がその目標を捨て、「自分だけが正しい」との独善性を排し、民主制を支える真の穏健なイスラム教徒になり得るかにかかっている。