レバノン首都大爆発から1年、進まない原因調査と経済危機に警鐘
◆宗派対立一層強まる
1990年に内戦が集結したものの、政治的混乱と経済危機で依然として崩壊の瀬戸際に立たされているレバノン。昨年8月に首都ベイルートで発生した大爆発で、200人以上の死者を出し、物的被害は最大46億㌦(約4820億円、世界銀行試算)とされるなど、危機的状況にさらに拍車が掛かった。ところが、政界には派閥の対立、汚職がはびこり、爆発の原因調査すらほぼ進んでいない。ニューヨーク大学のジャーナリズム教授でシンクタンク「アラブ世界に今民主主義を」の客員研究員、モハマド・バジ氏は米CNNへの寄稿で、「大爆発から1年、危機は一層深まった」と警鐘を鳴らした。
バジ氏によると、爆発直後は「党派的で腐敗した新興財閥グループの権力掌握は弱まり、政治的、経済的改革が進む」ことが期待された。しかし、1年がたち、事態は「さらに悪化した」という。
大爆発後の暫定政権下で、宗派対立、政治勢力間の対立は一層強まった。2019年秋に経済は崩壊、政治勢力の妨害で大爆発の原因調査は進まず、レバノンは「三重苦」に苦しめられている。バジ氏は、「(この三つは)別々のもののように見えるが、すべて、内戦終結後の30年間の組織的怠慢と責任感の欠如が原因だ」と糾弾する。
レバノンは昨年3月に債務不履行に陥り、通貨暴落、物価高騰に見舞われた。さらに、新型コロナウイルスの大流行が生活の困窮化に拍車を掛けた。
国連の調査によると、全世帯の77%が十分な食料が手に入らない状態だという。失業率は40%ともいわれている。
バジ氏によると、ディアブ暫定首相は7月6日の会合で「社会的爆発まであと数日」と警告、支援を要請したものの、「経済改革、政府の透明化」が進まない中では、欧州連合(EU)などからの本格的支援は望めない。
◆国際的な調査を拒否
さらに気掛かりなのは、爆発への調査が進んでいないことだ。
爆発の原因は、港の倉庫に保管されていた2750㌧の硝酸アンモニウム。司法省は、どのような経緯で、不適切な方法で保管されていたのか、理由を探ろうとしているが、政界の妨害で、1年がたつ今も調査は進んでいない。
犠牲者の遺族、負傷者、人権団体は国際的な調査を求めているが、「これらの嘆願は政治指導者によって拒否」されてきたという。「政界が介入し、捜査があいまいになってきたレバノンの歴史をみれば、国際的な調査が現実的な原因究明なのは明らか」とバジ氏は指摘する。
レバノンの政治権力は1943年のフランスからの独立以来、各宗教勢力に振り分けられてきた。主要勢力はイスラム教のスンニ派、シーア派、キリスト教マロン派だ。
バジ氏は、この体制が「既得権を持つ各勢力を有利にし、その他の勢力には雇用、食料、医療、支援が渡らない」状況をつくり出していると指摘する。
◆「心の健康」むしばむ
一方、レバノン紙デイリー・スターは、経済危機、大爆発による困難に伴って、国民、特に子供の「心の健康」がむしばまれていると訴えている。
国連経済社会委員会によると国民の50%以上が貧困ライン以下の生活を強いられている。世界銀行「レバノン経済モニター」は、レバノンの現状は、19世紀以来の三大経済危機の一つに数えられると指摘した。
レバノンで精神医療の啓発に取り組む「EMBRACE」の調査によると、昨年の爆発事故後の2カ月間で、精神的支援、自殺防止のためのホットラインに2339件の相談が寄せられ、そのうちの67%は「不安」を訴え、28%は自殺の傾向を示していたという。
レバノンの政治的、社会的機能不全は悪化するばかりだが、解決への糸口は見えない。
(本田隆文)