重量挙げ女子59キロ級の安藤美希子、涙の銅
右膝の痛み耐えジャークに成功、三宅のバトンを受け継ぐ
得意のジャーク3回目。痛めていた右膝は限界に近づいていた。ただ、120キロを挙げれば表彰台に上がれる。女子59キロ級の安藤は「自国開催でメダルを取りたい。その役割を果たさないと」。最後は意地だった。
2回目で120キロを失敗しても、「できて当たり前の重さ」と自信は揺るがなかった。バーベルを勢いよく頭上に挙げ、歯を食いしばって耐える。ブザーが鳴ると、「メダルが取れたんだ」と安堵(あんど)感が胸いっぱいに広がった。感極まって膝から崩れ落ち、涙がこみ上げた。
約1カ月前にバーベルを右膝の上に落として負傷。大きく腫れ上がり、「終わった。もう駄目なんじゃないか」と欠場も覚悟した。この日も痛み止めの薬を服用して出場。痛みと闘いながらも、苦手のスナッチで94キロを成功させた。
58キロ級で5位入賞した2016年リオデジャネイロ五輪後、韓国人の元日本代表コーチに指導を仰ぐために拠点を韓国へ移した。世界トップレベルの技術や細かい体の使い方を習得。新型コロナウイルスの感染拡大により、昨年以降は日本に戻ったが、「韓国で教わった技術があるから成功できた」と誇らしげに言った。
ロンドン、リオ五輪48キロ級の三宅に続き、重量挙げの日本女子では3大会連続の表彰台。その三宅は現役を退く。「ずっと先頭を引っ張ってくださった。新しい次の世代につないでいけるようにしたい」。28歳がバトンを受け継ぐ。