福島原発事故や東京五輪をめぐり朝毎が仕掛ける「ゼロリスクの罠」

◆被曝による被害皆無

 福島県民が待ち望んでいた新刊本が世に出た。「東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理」(丸善出版)。いささか長いタイトルだが、これ一冊で福島の事故被害の実態がほぼ知れる。

 医療ジャーナリストの服部美咲さんの労作だ。放射線被曝(ひばく)の影響や甲状腺検査、廃炉汚染水対策などの基礎知識をデータ豊富に紹介し、原発事故に向き合った科学者や医師らの対談やインタビューで被害の真相に迫っている。

 ざっくり言うと、事故直後に放射線被曝によって病気になったり亡くなったりした人は一人もいない。原発事故から10年が経過した今も一人もいない。原発事故後に生まれた子供に放射線被曝による異常が増えたという事実はない。次世代への影響もない。被曝による甲状腺がんの増加もない。科学者や医師らはそう太鼓判を押す。

 では、いったい何の被害なのか。事故直後の短期的な避難で亡くなった人が一番多かった。長期的な避難によって人と人の繋(つな)がりが失われ、住民の健康的な生活が損なわれた。国際機関は年間追加被曝線量の安全基準を20ミリシーベルトとしているのに当時の民主党政権は1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト)と設定し、ゼロリスクを標榜(ひょうぼう)。食品からの内部被曝量についても国際基準よりはるかに厳しくした。結果、福島は凄(すさ)まじい風評被害にさらされた。

 福島県立医大教授の坪倉正治さんによると、政府の避難指示に従わず線量の高い山中に住み続け、野生のキノコや山菜を主食に生活してきた人の追加内部被曝量を測ると、年間0・3マイクロシーベルトで健康にまったく問題はなかった。避難解除を年間20ミリシーベルトにすれば、ほとんどの地域が帰還できた。ゼロリスクを求めることで逆に被害が出る「ゼロリスクの罠(わな)」に嵌(は)まったのだ。

◆報道被害は今も進行

 服部さんは言う、「事故後の福島県について、過剰に不安を煽(あお)る情報が少なくなかった。それらは福島県の住民を往々にして傷付けた」。過剰に不安を煽ったのは朝日や毎日などのリベラル紙や人権派ジャーナリストだ。「子供の奇形が増える」「鼻血が出た人が多数いる」といったウソ話を流して騒ぎ立てた。反原発派による報道被害と断じてよい。

 今もリベラル紙は前記の「知見」をまともに報じようとしない。それで福島県の「健康調査」アンケートでは、県民の3人に1人が被曝によって子や孫の世代に健康影響が出る可能性があると答えている(読売3月7日付)。報道被害は現在進行形なのだ。それだけに服部さんの指摘は重い。

 ところが、朝日や毎日は馬耳東風だ。東京五輪の開催をめぐって同じように過剰に不安を煽り、「ゼロリスクの罠」に嵌めようとしている。朝日は早々と「中止の決断を首相に求める」(5月26日付社説)とぶち上げ、毎日は「無観客での開催を求める」(6月18日付社説)と主張している。

◆五輪失敗で信頼失墜

 そうすれば、確かにリスクは小さい。だが、失うものははるかに大きい。国内外で国際スポーツ大会が観客を入れて開催されている。クラスター対策も施されている。五輪開催時にはワクチン接種は国民の5割に達する見込みだ。何よりも国際公約だ。それでもゼロリスクを求め、惨めな五輪に終わらせれば、日本への信頼は地に墜(お)ち、世界は日本人に愛想を尽かす。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルは、日本の東京五輪失敗は来年の北京冬季五輪を自らの優位性を誇示しようとする「中国の大勝利となる」と指摘している(5月28日付社説=産経・同30日付)。

 となれば、尖閣諸島などで日本が危機に瀕(ひん)したとき、誰が日本人のために血を流そうと考えるだろうか。福島の避難者どころではない国民総難民になりかねない。朝毎が仕掛ける「ゼロリスクの罠」に嵌められてはならない。

(増 記代司)