学術会議と国民の意識 組織の見直し求める世論
学者の「思考停止」乖離生む
前回の当欄では、先に発売された保守派月刊誌12月号の論考を題材にしながら、菅義偉首相が日本学術会議の会員候補6人を任命拒否した問題の核心は、人文・科学分野の学者が日本共産党シンパをはじめとした左派に偏ることで起きる反政府的な政治活動に歯止めをかけることにあると指摘した。その後発売された月刊誌もこの問題を取り上げているので、今回も論じることにする。
任命拒否問題を左派の立場から特集を組んだのは「世界」12月号。その中で、東京大学名誉教授の上野千鶴子は「政権は人文社会系の御用学者を作りたいのだと思います。つまりレッド・パージそのものです」(作家の保阪正康との対談「ファッショの構図を読み解く」)と述べている。
任命拒否された学者6人は、学会や大学をはじめ公職から追放されたわけでも研究活動ができなくなったわけでもないのに「レッド・パージ」とは大げさな表現だが、それだけ人文・科学分野は左派の牙城となっているということで、上野の言葉からはそこが崩されることへの、左派の危機意識を読み取ることができる。
また、前述の対談で、保阪は「日本の明治、大正、昭和にかけての帝国主義政府は巧妙だったということもありますが、最高権力者が前面に出て学者をパージするようなことはなかった」としながら、「今回はこれほどわかりやすい形で任命拒否をする中に菅義偉(すがよしひで)首相の傲岸(ごうがん)さ、市民意識の欠如、すべてが象徴されている」と、首相の人格批判を行っている。
さらに、上野は「菅政権の支持率は下がりました。就任直後のご祝儀相場が一カ月で急落しているのは、学術会議効果があると判断してよい」と語り、任命拒否問題が政権に大きなダメージを与えていると分析した。しかし、これはまったく的外れである。
読売新聞が今月6~8日に行った世論調査では、学術会議を行政改革の対象として組織を見直すとしている政府の方針について、実に70%が「評価する」と回答、「評価しない」19%を大幅に上回った。しかも、前回調査(10月16~18日)より、前者が58%から上昇し、後者は26%から下がっている。
一方、“反自民”の論調を掲げる朝日新聞の世論調査(今月14、15の両日実施)でさえも、学術会議が推薦した学者の一部を菅首相が任命しなかったことについて「妥当だ」が34%、「妥当でない」36%と拮抗(きっこう)している。首相の国会での説明には49%が「納得できない」としてはいるが、どう見ても、世論の多数は上野や保阪のような見方をしていないことは明らかだ。
むしろ、任命拒否は、学会の左派偏向を是正し「政治的中立」や「学問の公正」を担保するためのものだと見ている国民が多く、組織の在り方を見直すよう求める声が強まっているのである。
別の観点から興味深いのは、毎日新聞の世論調査(今月7日実施)だ。首相の任命拒否を「問題だ」と回答したのは、18~29歳が17%、30代25%、40代33%、50代39%、60代45%、70代48%、80歳以上49%で、いずれの世代も過半数となっていない上、若い世代になればなるほど、「問題だ」とは思う割合が少なくなっている。
若い世代の多くが保守の月刊誌を読んでいるとは思えないが、前回指摘したように、保守論題で執筆活動する論客たちはネット上でも、この問題で積極的に発言しており、日常的にネット情報に接する若い世代がその影響を受けていることは十分考えられる。
一方、60歳代以上の層で、「問題だ」とする割合が高いのは、この世代が左翼思想の影響の強い新聞、テレビなど既存メディアに依存する度合いが比較的強いからだと見ることができる。
いずれにしても、世論が「学問の自由」や「政治からの独立」と言った学術会議側の言い分に距離を置くのは、その活動が国益に資しているのか、あるいは庶民の生活向上に役立っているのか、そこに疑問を持つ人が多いからだろう。
もちろん、実生活にすぐには役立たずとも真理を見いだすための学問はある。しかし、左傾化した政治活動に力を入れる学者組織に、国民の税金から毎年10億円も投入する意義はどこにあるのか。ここで紹介した世論調査からは、学問のための学問なら「学者の国会」などつくらずに、「象牙の塔」にこもってやっていればいいではないか、といった国民感情が伝わってくる。
学術会議の主張と国民の意識のギャップを考える上で、日本大学危機管理学部教授、勝股秀通の論考「軍事研究が救った多くの命 学術会議は思考停止に終止符を」(「Wedge」12月号)は、示唆に富む。元読売新聞の防衛担当記者だった勝股が「長年、防衛・安全保障問題を取材し、専門としてきた筆者は、同会議が軍事安全保障分野の研究を忌避し続けることを看過できない」と訴えるのは、多くの命を救った自衛隊員の生の声を取材した経験があるからだ。
1995年3月に発生した地下鉄サリン事件。都知事の要請を受けて出動した自衛隊が行ったのは、「地下鉄の車内や駅構内に付着したサリンを中和し、無毒化させるため塩素系薬剤の水溶液を噴霧し続けた」ことだけではなかった。自衛隊が大量に持っていたサリンに有効な解毒剤を、病院に運び込まれた多数の被害者に投与していた。
あの事件では、14人の犠牲者が出たが、もし自衛隊が解毒剤を持っていなかったら、さらに多くの命が失われたのは間違いない。では、なぜ自衛隊に解毒剤があったのか。それは「万一、国内で第三国によってBC兵器が使用された場合に備え、自衛隊は国民を防護するための研究を続けてきた」からだと勝股は述べている。BC兵器とは、生物化学兵器のことだ。
そして、「国会では化学兵器を製造する恐ろしい部隊のように言われ、何度も悔しい思いをしてきた」という陸上自衛隊の化学部隊幹部の言葉を紹介している。
学術会議は2017年、防衛省の「安全保障技術研究推進制度」に反対する声明を出した。これは1950年の「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意声明」と67年の「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を「継承」したものだという。
同会議が軍事研究に反対し続けることこそが、学者の良心だということなのだろう。しかし、勝股は「現在、日本をはじめ多くの国々が新型コロナウイルスに対するワクチン研究でしのぎを削っているが、それが生物兵器として軍事転用可能なことは、科学者であれば常識であろう」と述べている。左派の学者が「思考停止」を続ければ今後、多くの命が失われかねないことが起きるかもしれないと、多くの国民が危惧していることを、前述の世論調査は示している。
上野は「今回の件で菅政権は、ほとんど学者集団全体を敵に回しました。これに市民が支持を与えてくだされば、政権に対する審判が下るだろう」と述べているが、これこそが左派学者の「思考停止」を象徴する言葉だろう。
(敬称略)
編集委員 森田 清策