「9月入学」見送りに至る一連の経緯を歪曲し安倍首相を批判する朝日
◆高校生の発信が契機
全国紙の電子新聞(デジタル版)は沖縄を除く全ての地方版を読めるので重宝している。朝日の福島版(6日付)にこんな記事を見つけた。
安倍内閣の支持や安倍首相の好感度を尋ねると、会津若松市は福島県下の他の主要都市よりも低い結果が出た、という。比較したのは福島市、郡山市、いわき市、会津若松市の4市。自民党支持率はいずれも46~47%台。安倍内閣の支持率は県全体で41・1%だったが、会津は29・0%と極端に低かった。
<戊辰戦争での会津藩の死者は3千人以上ともいわれ、白虎隊の悲劇もあった。今でも慰霊祭が各地であり、山口県側との「仲直り」も浮かんで消えてを繰り返す。「祖父や父から『長州を許してはならない』と聞かされて育った」(70代男性)と話す人は今でもいる>
それで安倍嫌い? なるほど土地柄である。ひょっとしたら朝日にも「長州を許してはならない」、いや「安倍首相を許してはならない」の遺伝子があるのだろうか。昨今の何が何でも安倍叩(たた)きで、ふとそう思った。
コロナ禍による長期休校で浮上した「9月入学」は見送られたが、これも朝日には格好の材料だった。3日付1面は「9月入学失速 『レガシー』ならず」、2面に「官邸主導 教育現場置き去り/9月入学 党内外から反発続々」と続けている。安倍首相が目指す憲法改正は困難で、来夏の東京五輪開催も危うく、「政治的レガシー(遺産)」がなくなりつつある。それで安倍首相は教育現場を置き去りにして「9月入学」に前のめりになったが、党内外から反発が続出し、ついに諦めた―。そんな記事だ。
これには呆(あき)れた。事実関係が全く違っていたからだ。「9月入学」は確かに安倍首相の持論だが、今回は高校生のネット発信から始まった。朝日はこう報じていた、「9月を学期始めにしてほしい。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休校が続くなか、こんな声が受験を控えた高校3年生や保護者らから上がっています」(教育情報サイト「朝日新聞EduA(エデュア)」4月29日)。朝日5月13日付社説も「思い起こすべきは、9月入学論が注目される直接の契機になった高校生たちの声だ」と述べていた。
◆まず知事たちが共鳴
最初に共鳴したのは安倍首相ではない。読売3日付は「緊急事態宣言の延長が不可避となる中、4月28日、東京都の小池百合子知事や大阪府の吉村洋文知事が『9月入学導入論』を発信。宮城、広島など17県の知事有志も同じ日に9月入学導入を求める共同メッセージを採択した。こうした動きを受け、首相は翌29日に『前広に様々な選択肢を検討していきたい』と応じたことで、機運は一気に高まった」と書く。
毎日6日付の「検証」記事も同様に「野党に加え、宮城県の村井嘉浩知事ら一部の知事から導入を求める声が上がった」とし、さらに「5月初旬、首相に真意を確認した側近は『首相は決して前向きではなかった』と語った」と、朝日の「前のめり」とは正反対の情報を伝えている。
これに対して朝日3日付は知事らの動きを全く書かず、「東京都の小池百合子知事らの賛意も背に政権内の検討機運は高まった」と、あくまでも安倍主導として描く。「『9月入学』をめぐる経緯」の時系列を表記するが、そこには高校生のネット発信がないばかりか、4月30日に全国知事会が9月入学を国家的重要課題とし「国民的な骨太の議論」を行うよう求めた「緊急提言」も黙殺している。印象操作の極みだ。
◆何が何でも安倍叩き
何が何でも安倍叩き。実に“巧妙”な朝日記事である。それが朝日のレガシーか。会津藩の「什(じゅう)の掟(おきて)」には「虚言をいふ事はなりませぬ」とある。会津のレガシーと朝日のそれとは全く異質のものだった。それを重ねては会津人に叱られる!
(増 記代司)