オバマ・ホワイトハウスと米軍、対イスラム国戦略で深い溝

 米国のイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に対する軍事戦略をめぐり、オバマ・ホワイトハウスと軍の間で相違が表面化している。戦闘部隊は派遣しないと繰り返し明言するオバマ大統領に対し、軍は特殊部隊の活用などあらゆる選択肢を排除したくないとの立場だ。ホワイトハウスはこれまでも、アフガニスタン戦略などで軍と対立してきたが、両者の深い溝は今また対イスラム国戦略の先行きを曇らせている。
(ワシントン・早川俊行)

地上部隊否定で「自縄自縛」に陥る大統領

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17日、米フロリダ州タンパのマクディール空軍基地で、イスラム過激組織「イスラム国」に対する軍事作戦を指揮するオースティン中央軍司令官(右)と握手するオバマ大統領(左)(米国防総省提供)

 先週、米軍幹部からイスラム国打倒には地上部隊が必要との本音をにじませる発言が相次いだ。

 制服組トップのマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は16日、上院軍事委員会の公聴会で、イラク軍やクルド人治安部隊が展開する軍事作戦に、米特殊部隊を同行させる必要性が生じた場合、「大統領にそう進言する」と主張した。

 議長が例として挙げたのが、前線で地上から空爆を誘導する「統合終末攻撃管制官(JTAC)」だ。イラク北部モスル近郊のダム奪還作戦の際、ロイド・オースティン中央軍司令官がJTAC投入を提案していたことを明らかにした。

 同作戦では結局、JTACなしで対応する「方法が見つかった」(議長)として、提案は退けられた。だが、大統領が設けた制約により、作戦遂行の柔軟性が失われ、現場が苦慮している状況がうかがえる。

 レイ・オディエルノ陸軍参謀総長も19日、メディアとの朝食会で「個人的にはいかなるものも除外しない」と述べ、地上部隊派遣の選択肢を残すべきとの見方を示した。

 これに対し、ホワイトハウスはケース・バイ・ケースで柔軟に対応する姿勢を示し始めており、アントニー・ブリンケン大統領次席補佐官(国家安全保障担当)はMSNBCテレビのインタビューで、イラク軍に同行して助言を与えたり、空爆を誘導する行為は、戦闘任務には当たらないとの見解を示した。

 戦闘には直接関与しない小規模の地上部隊投入については、ホワイトハウスと軍は妥協点を見いだせそうな雰囲気だ。だが、両者の間には、対イスラム国戦略のもっと根本的な部分で深い溝がある。

 オバマ・ホワイトハウスはアフガン、イラクに地上部隊を大規模投入したブッシュ前政権のやり方を否定し、最小限の軍事介入でイスラム国を打倒しようとしている。空爆を拡大・強化しつつも、イスラム国の戦闘員と直接戦い、支配地域を奪い返すのは、あくまでイラク軍やクルド人治安部隊、シリア反体制派であるとの立場だ。

 だが、イラク軍はイスラム国の進撃の前に壊走するなど再編成・再訓練が必要な状況。シリア反体制武装組織「自由シリア軍」にいたっては、アサド政権とイスラム国の攻撃により「最近まで壊滅の危機に瀕していた」(ワシントン・ポスト紙)。

 つまり、オバマ政権は、現時点ではほとんど頼りにならない勢力を対イスラム国戦略の中核に位置付けているわけだ。米国はイラク軍の支援や自由シリア軍の訓練を進めていく方針だが、イスラム国に対峙(たいじ)できる存在になるまでかなりの時間を要する。

 昨年まで中央軍司令官を務めたジェームズ・マティス退役海兵隊大将は、下院情報委員会の公聴会で「中途半端な取り組みや空爆だけでは逆効果で、敵の信用を高めることになる」と、オバマ政権の戦略を痛烈に批判した。

 また、ブッシュ、オバマ両政権でイラク、アフガン増派戦略を主導したロバート・ゲーツ元国防長官は、CBSテレビのインタビューで「空爆だけや、イラク軍、クルド人治安部隊を当てにするだけでは成功しないのが現実だ」と断言。戦略を成功させるには地上部隊が不可欠であるとし、大統領はこれを繰り返し否定することで「自縄自縛に陥っている」と指摘した。

 外交や国際協調などソフトパワーを重視するオバマ・ホワイトハウスは、軍事的見地を軽視する傾向があり、アフガン増派戦略に反対するなど軍とたびたび“内戦”を繰り広げてきた。その内容は、ゲーツ元長官が今年出版した回顧録「責務」に詳述されているが、ホワイトハウスの軍に対する姿勢は敵対的ともいえるほどだ。

 ゲーツ氏は同書で「戦争の不確実さや予測不能さに対するオバマ・ホワイトハウスの理解の欠如は極めて不安だった。彼らは戦争をまるで科学のように思っている」と、ホワイトハウススタッフの軍事無知を嘆いている。

 軍事的合理性の乏しいオバマ政権の対イスラム国戦略について、元軍幹部からは「現役・退役軍人、事実上全ての政策立案者の間で、この取り組みは失敗するというのが完全なコンセンサスになっている」(ロバート・スケールズ退役陸軍少将)とのショッキングな指摘まで出ている。