急旋回した北の対米政策 トランプ“回避”から“引き入れ”へ
最終目標は韓米同盟の解体
北朝鮮がいきなり態度を180度転換し、韓国との対話だけでなく、米国とも首脳会談を行うなど積極融和外交に転じてきている。これまで国際社会に対しハリネズミのように威嚇的な姿勢をとっていたことを考えれば、板門店で和やかに文在寅韓国大統領と談笑する金正恩労働党委員長の姿は、同一人物かと見まごうばかりだ。
北朝鮮がなぜ、このように態度を急変させたかについて、韓国の専門家たちはさまざまな分析を出しているが、総合月刊誌『月刊朝鮮』(4月号)に寄せた元国会議員の張誠★(チャンソンミン)氏の分析が秀逸だ。
張氏は初代大統領府国政状況室長に就き、現在「世界と東北アジア平和フォーラム理事長」を務めている。金正恩が態度を変えた理由は「トランプ米大統領」にあるというのが張氏の結論だ。
金正恩が「核保有国」を宣言し、「机の上に核のボタンがある」と世界に明らかにした時、それを上回る“恫喝(どうかつ)”で応えたのがトランプだった。彼は「私はより大きくさらに強力な核ボタンがある。私のボタンは作動もする」と切り返したのだ。
この時、北朝鮮はまだ米本土に届く弾道核ミサイルを完成させていない。トランプは昨年、訪米した習近平中国国家主席と席を共にしながら、シリアに対して巡航ミサイルを発射している。このように攻撃しようと思えばいつでもでき、核ミサイルも持っているトランプは金正恩にとって本物の脅威と映った。
そこで金正恩は対米関係を対決から対話に大転換し、その仲介役として韓国を立てたというわけだ。張氏はこの戦略を「先通南後通米」だとし、さらに、「韓国を通じてトランプの軍事的攻撃を防ぐための『以韓制米』(韓国をもって米を制す)戦略」だと指摘する。同時に「米国の対北経済制裁を緩和させる手段としてのテコ戦略」でもある。
二つ目の理由はトランプは「炎と怒り」政策を11月の米中間選挙まで引っ込めないだろうという読みだ。北朝鮮は「トランプが有利な国際政治環境をつくるために、必ず北朝鮮の核施設を先制攻撃するかもしれないという不安感に包まれている」と張氏は見ている。「まさにこの点が対南、対米政策を180度変えることになった核心理由の一つ」なのだ。
米国はじめ国際社会は北朝鮮に対して「完全かつ検証可能で不可逆的な」非核化を求めている。しかし北朝鮮が親子3代にわたって国民に厳しい耐乏生活と犠牲を強いて進めてきた「核武装」をそうやすやすと手放すとは思えない。どこかで、トランプの圧力も終わりが来ると期待している向きもある。これが「11月中間選挙」である。
「共和党が惨敗し、トランプが弾劾され得る状況」になれば、米国は対北制裁どころの話ではなくなる。だから、逆に北としてはそうした事態になる前に「非核化カードを使って全ての問題を解決するという“速度戦”に拍車を掛けている」という分析は新鮮である。
トランプが交渉の場にいる間に、経済制裁解除を取り付けようという腹積もりなのだ。しかも「トランプが核問題に対しては門外漢であり、ディールに弱いという分析を土台に、いくらでもトランプと非核化談判を成功的に引き出せるという確信」を北朝鮮は持ったという。
当面の北朝鮮の目標は経済制裁の解除である。トランプとの対話を続け、北朝鮮が非核化の道筋に乗れば、段階的な解除を勝ち取っていくつもりだろう。その際、韓国、中国は解除の方になびく。
その延長線上に北の最終目標が出てくる。張氏は、「韓米同盟解体と在韓米軍撤収にある」と言い切る。「“トランプ回避”から“トランプ引き入れ”への急旋回」は実は北朝鮮が長年掲げてきた戦略目標の実現にあるというのだから強かだ。
自身の生存が懸かっている韓国にとっては米朝の動きから目を離せない。米朝が直接対話する段階になって、“つなぎ”の韓国は生存戦略の確立が迫られている。
こうした分析が政権や韓国社会でどう受け入れられているのかは、今後の動きで明らかになっていくのだろう。(敬称略)
★=王へんに民
編集委員 岩崎 哲