韓国に燻る「核武装論」 北核実験ごとに噴出

“脅し”の裏に米への注文

 韓国でまたぞろ「核武装論」が出てきている。北朝鮮が1月に行った核実験を受けての動きだが、北が核実験やミサイル発射などを行うたびに出てくる“勇ましい”掛け声である。

 最近になって「核武装論」を口にしたのは、当時与党セヌリ党の大統領候補に名乗りを上げていた鄭夢準(チョンモンジュン)元代表だ。2012年6月のことで、これに先立ち北朝鮮は憲法に「核保有国」を明記していた。

 「韓半島非核化宣言」(1991年12月)で「南北における核兵器の製造、保有、配備」を禁止したが、北が事実上これを無視したのだから、韓国でもその禁を破ろうという大胆な発言だった。

 鄭氏は、「われわれも核兵器保有能力を持つべきだ。核には核という『恐怖の均衡』なしには平和は得られない」と述べた。しかし国民は支持しなかった。鄭氏は与党内の大統領候補争いで朴槿恵(パククネ)氏に敗れている。

 北朝鮮が13年2月に第3回核実験を行うと、同じく与党セヌリ党の沈在哲(シムジェチョル)最高委員が、「核には核の恐怖のバランスだけがわが国の生存を保障する道だ」との主張を繰り返した。

 今回の1月6日の核実験でも、やはりセヌリ党の元裕哲(ウォンユチョル)院内代表が直後に、「北の恐怖と破滅の核に対し、われわれも自衛レベルの平和的な核を持つ時が来た」と主張した。与党内に「核武装論」が燻(くすぶ)っていることをうかがわせるものだ。

 保守系メディアでも同じように「核武装論」をしばしば目にするようになった。元月刊朝鮮編集長で、現在ネットメディア「趙甲済(チョカプチェ)ドットコム」を主宰する趙甲済氏は、「自衛的核武装運動は『われわれは生きたい』という生存意思の表現だ」と述べる。

 趙氏は、米国や国連がイスラエルの核を事実上許容する一方で、北朝鮮の核実験強行に対して何の有効な手立ても打てず、米国の「核の傘」も信用できず、国際社会が韓半島の核危機に「何もしない」以上、韓国は自衛レベルの核武装を行うべきで、そのためには「『ゲームルール』を変えるよう要求して、応じなければリングから降りなければならない」と、核拡散防止条約(NPT)からの脱退を唆している。

 同じく朝鮮日報のコラムニスト金大中(キムデジュン)顧問も、「非核化宣言の廃棄やNPT脱退も覚悟しよう。それに伴う如何なる不利益も甘受する意思があることを対外的、対内的に明らかにしよう」と政府に迫っている。

 両者の主張も、前述の政治家の発言も、ともに本気で韓国の核武装を言っているわけではない。真意は、「米国がしっかり『核の傘』で守らなければ、中国がしっかり北朝鮮を抑えなければ、韓国は自前の防衛に乗り出すぞ」という“脅し”の方に重きが置かれているのだ。

 金顧問のコラムは、米大統領選で共和党のドナルド・トランプ氏が韓国の「安保タダ乗り」を批判したことを多分に意識したものでもある。

 韓国の公然とした核武装論の裏には“米国への貸し”意識がある。1970年代前半、朴正煕(パクチョンヒ)大統領が秘密裡に核武装を試みたものの、米国の説得で断念した経緯があった。在韓米軍削減に対応して朴政府がとった措置で、75年にはフランスから核再処理施設を導入しようとしたが、米国が慌ててシュレジンジャー国防長官をソウルに送り、朴大統領を長時間にわたって説得して諦めさせた。それを忘れたのか、というわけだ。

 そして核武装論の背景にはもう一つ狙いがある。韓国の核武装は日本の再武装・核武装を誘発するが、それでいいのか、という日本をダシにした“脅し”なのだ。日本の核武装は世界の安全保障地図を塗り変える。米国がコントロールできなくなる核拡散の現実を受け入れる覚悟があるのかと迫っているわけだ。

 実際、核武装にはNPT脱退、国際社会の反発、自主防衛の高負担、等々、ハードルは高く多い。勇ましい発言の裏には米国への注文が隠されている。

 編集委員 岩崎 哲