新東亜の「新征韓論」 読まれる「軍国主義」日本
羮に懲りて膾を吹く対日不信
日韓両国は「慰安婦問題」で合意に達し懸案の一つを“解決”して、朴槿恵(パククネ)大統領就任以来の「非正常」な関係から「正常」に向かおうとしている。日韓の反目は国際社会の反対を押し切って核・ミサイル開発を進める北朝鮮、軍拡を推進し海洋領土拡大、既存秩序変更の野心を隠さない中国など、東アジアの安全保障環境が揺れている中で、米国を中心に安保体制を整理するきっかけになると期待されている。
だが、「慰安婦」で合意しても実際には韓国の対日不信はまったく払拭されていないのが実状だ。何をもってして、韓国はこれほど日本への警戒を解かないのだろうか。そこには韓国の左派勢力が戦略的に日韓離間を目論(もくろ)んで画策する反日とは別に、左右を問わず韓民族が歴史的に持っている対日観が横たわっているようだ。
東亜日報社が出す総合月刊誌「新東亜」(1月号)に、時事評論家のチョン・ゲワン氏による「日本右翼“根回し”熟する新征韓論」の記事が掲載されている。チョン氏は「日本は再び侵略を準備する」などの著書がある対日強硬論者で、同記事は韓国の根深い対日不信、警戒感を知るうえで参考になる。
チョン氏は昨年の安保法制の成立で日本は「戦争のできる国」になり、「日米軍事同盟体制を強化し、有事の際、韓半島作戦計画をたてながら、自衛隊の大規模軍事訓練を準備している」と、日本を軍事大国呼ばわりする。
「自衛隊が韓国に来る」ことに対して、韓国で「そうなる、ならない」式の議論がなされていることに、「呑気な対応だ」と苛(いら)立ちを隠さない。文禄の役(壬辰倭乱、1592年)の前に日本に偵察使を送りながら、正使と副使の間で秀吉の出兵が「ある、ない」で報告が割れ、結局、派閥力学で「ない」と判断して、手痛い目を見た歴史がそのまま繰り返されている、と例える。
もちろん、現代において日本が韓国を「侵略」する理由もないし、意思もない。それは認めつつも、チョン氏は「日本には韓半島に向かった侵略DNAがうごめいている」と書く。たちの悪い扇動に等しい。
一旦そのような色メガネで日本を見出すと、すべてが「侵略の意思」を裏付ける事象に見えるらしい。チョン氏は靖国神社を訪れ遊就館での展示に「軍国主義復活」を嗅ぎ出し、慶應義塾大学では福沢諭吉を「朝鮮侵略と帝国主義思想を伝播した張本人」と、慶大生が聞いたら顎を外しそうな感想を抱く。
昨年のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」が「安倍政権の圧力」で取り上げられたと珍説を展開するかと思えば、吉田松陰は「明治維新の思想的基礎を作って、朝鮮と中国征伐を教示した人物」と、これまた、関係者が聞いたら腰を抜かすようなことを書いている。
東亜日報と言えば、日本統治時代の1920年に朝鮮政財界の有力者らによって創刊され、いまでも韓国言論界の一角をなす大新聞だ。そこにこのような記事が載るとは驚きでもある。見方を変えれば、このような記事が載っても異論が出ない言論の空気が韓国にはあるということでもある。
チョン氏は、日本の「軍国主義」の行先を、「韓半島周辺の武力活動強化と局地挑発介入で圧倒的優位の軍事力を世界に誇示することだ」と断言する。「軍国主義に回帰しようとする日本はますます怪物に変わっている」というに至っては、いくら過去に日本から“侵略”されたといっても、羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く式の発想だ。
なので、チョン氏の警鐘は韓国民に届いていないらしい。「政界の一部で日本の安保法を『北核抑止力強化と北東アジア平和寄与』と言っているのを見れば虚しくなる」というのが現状のようで、この「政界」の見方はしごく正しい。
となると、新東亜がチョン氏の原稿を載せた編集意図はどの辺にあるのだろうか。商業誌である以上、売れ行きが念頭にあろう。つまりこの手の原稿は読まれるのである。実際の日本がチョン氏が描くような姿でないことは普通の読者は十分に知っている。ある意味、ことさら日本を「怪物」に描いて溜飲を下げるガス抜きのように見えなくもない。
編集委員 岩崎 哲