ハングルの日の論争 同音異義語が多くて混乱
普及は日本統治時代の教育
韓国では10月9日は「ハングルの日」である。この日を迎えると、決まって出てくるのが「ハングル専用は是か非か」という論争だ。
ハングルは朝鮮王・世宗(セジョン)(在位1418年~50年)が1446年に学者、官僚に命じて作らせた固有の表音文字である。それまで朝鮮では独自の文字がなく、文章を書くには漢文が用いられていた。しかし、漢文と朝鮮語とは異なる文字体系で庶民が使うことができなかったため、簡単に学習でき、日常に使える文字を創設したのだ。
だが、それ以降も両班(貴族)や官僚、知識人は漢文を使い、ハングルは「諺文」と呼ばれ、「女子供が使う卑しい文字」として蔑まれた。1506年には燕山君(在位1494年~1506年)が完全廃止し、教育も使用も禁止した。とはいえ、それ以降もハングルの書籍などがあり、徹底したものではなかったとされる。
皮肉なことにハングルが“完全復活”するのは日韓併合(1910年)の翌年、総督府が朝鮮教育令を発布し、ハングルが初等(小学)中高校で日本人、朝鮮人の区別なく「必修科目」になってからである。
1970年に「ハングルの日」が制定され、世宗が制定した解説本「訓民正音解例本」が97年にユネスコ世界記録遺産に登録された。ハングルは韓国人が「独自の科学的文字」として世界に誇る文字なのである。
そんな誇らしい文字がどうして論争の種になるのだろうか。それはハングルが表音文字である点と、同音異義語が多く混乱すること、さらに漢字を使う東アジアでの交流の妨げになること―などから、ハングルの日が来るたびに漢字併記や漢字併用論が持ち出されるからだ。
元「月刊朝鮮」編集長の趙甲済(チョカプチェ)氏が主宰するネットメディア「趙甲済ドットコム」で朴承用(パクスンヨン)記者が、「ハングル専用政策は半文明的、反言語的独裁」の記事を書いている。
朴記者は、「韓国語には同音異義語があまりにも多く、これをハングルだけで表記すれば、文脈などの助けなしには意味の伝達がほとんど不可能だ」と問題点を指摘する。韓国語では漢字は音読みだけで、日本のように訓読みはない。したがって、一つの漢字には一つの発音しかない。
朴記者は以下のような例を挙げている。「上水」「常数」「上手」「上寿」はいずれも「サンス」と発音する。ハングルで単独表記した場合、何を意味しているのかを推察するのさえ難しく、前後の文脈や話題の内容から推理するしかない。漢字で書けば意味は明白で伝達に全く問題がないのだが。
韓国語の中には漢字を当てはめられない固有語がある。代表的なものが「ソウル」である。また「海」という漢字を発音すれば「ヘ」となるが、固有語として「パダ」という海を意味する言葉もある。しかし、圧倒的に漢字語が多く、韓国語語彙(ごい)の70%を占める。固有語は30%にすぎない。
漢字併用を行っている日本からみれば、何が論争になるのか理解しがたい。併用が便利なのは当然のことだからだ。朴記者は、「ハングルと漢字の二つの文字を使ってこそ、韓国語を100%正確に文字で表記することができる」と主張する。
しかし、論争になるのは、これらの不便さ、併用の合理性を前にしても、ハングル専用を主張する人々が一定の割合でいるからだ。漢字語を固有語に置き換えようという「言語改革運動」や「国語純化」が唱えられている。「出口」は日本由来の漢字語だが、いまでは直訳すれば「出て行く処」と説明調にハングルで表記されている、といった具合だ。
しかし、すべての漢字語、それも現代社会科学や人文学用語のほとんどが日本語由来だが、それらを「純化」しようとすれば膨大な作業と混乱をもたらす。朴記者がハングル至上主義を乱暴な反文明というのも頷ける。
編集委員 岩崎 哲