ISより日本「右傾化」警戒 日本人人質事件の韓国世論

知日派さえ乏しい日本人理解

 過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人人質斬殺事件を見る韓国では、イスラム国に対する批判よりも、同事件によって「安倍政府が『右傾』を強めるだろう」という警戒感の方が強い。

 それどころか、「日本がテロ犯と交渉した」とか、「安倍政府は打撃を受ける」という分析が主流で、しかも、いずれも事実とは異なっている。テロ犯とは交渉せず、事件後逆に安倍内閣は支持率を上げている。韓国の予想・分析が見事に外れた事例だ。

 韓国では、こと日本関連の報道では、「こうあれかし」との願望や「希望的観測」が事実に勝ることが多いのだが、単に「右傾化」を強めるというような警戒感だけでなしに、今回の人質事件を契機に、日本が「平和ボケ」から覚醒して、戦後とってきた安全保障政策を転換するかもしれない、という分析も出てきている。

 松下政経塾を卒業し、米国でコンサルタントをしている劉敏鎬(ユミノ)「月刊中央」客員記者が同誌2月号に「“平和ボケ”終焉(しゅうえん)の雷管となるか」の原稿を書いている。

 劉氏は、「事件は20世紀版日本人の世界観を根本的に変えた」として、「日本内部の“葛藤”を一瞬にして解決する転換点になる見通しだ」との見方を示している。

 戦後の日本は安全保障を米国に預け、「武力行使を100%排除しながら、平和的手段に集中してきた」が、そのことにより、日本人は“平和ボケ”に陥っていた。これに対して、安倍晋三首相は「積極的平和主義」を掲げて、「戦争のできる日本」に変えようとしている。事件はその後押しとなった、と劉氏は見るのだ。

 人質が首を切られるという事態は、「日本人が外部の助けなしで、全面的に日本独自に解決しなければならない課題」として突きつけられたものだ。これに安倍政府は迅速に全力で取り組んだと劉氏の目に映ったという。

 その一例として、後藤健二氏殺害が伝えられた朝、菅義偉官房長官が全速力で官邸に走り込んだシーン、その50分後には安倍首相が記者の前に出て、政府の見解を出した迅速さ、そして「彼らは報復を受ける」と、戦後初めて発せられた報復を前提とした外交談話などを挙げ、大きく変貌した日本の姿を挙げた。

 こうした強く迅速な日本は、かつて植民地支配された韓国にしてみれば、脅威の再来と映る。これまでも「右傾化」「軍国主義化」と安倍首相に批判を投げつけてきたが、今回の対応を見て、彼らの危機感は具体的になったようだ。

 同時に、劉氏はセウォル号沈没事故への対応など、自国政府の危機管理と対比し、あまりにも対応能力が違うことに愕然(がくぜん)としている。むしろ、この記事には、安倍政府の迅速な対応、強固な意思表明に対して、それができない朴槿恵(パククネ)政府を暗に批判する意図も含まれているようにも読める。

 劉氏は、家族・遺族の対応の違いにも注目する。セウォル号の遺族が政府を追及し、朴大統領を批判するのに対して、日本では遺族が、「迷惑をかけて申し訳ない」「政府の対応に感謝している」と謝罪した。韓国にしてみれば、考えられない反応だ。

 これを劉氏は、「いじめ」とか「村八分」「空気を読む」などのキーワードで解こうとしているが、かなり無理がある。日本人は周囲の迷惑も考えず、自分の感情を放出する韓国人とは感情表現方法が違うだけだ。

 日本の遺族の態度から「ファシズム」に結びつけるのも頭をひねらざるを得ない。普段、あまりにも「横並び」や「他人の目」を気にする日本人の習性にうんざりしている者でさえも、劉氏の日本人分析は牽強付会()けんきょうふかいに過ぎるように感じる。

 2001年の米同時多発テロ以降、米国は「武力に訴える『剛性国家』へ進化した。日本もやはり“日本版9・11”を契機に同じ道を行く可能性が高い」とし、「韓国がいくら安倍首相を無視し遠ざけようとしても、特別な効果を発揮しにくい」と分析する。

 韓国の対日外交の行き詰まり・失敗が、イスラム国のテロを非難するよりも、日本の「右傾化」を警戒させることになった。

 編集委員 岩崎 哲