朝鮮半島の動向を読む 拓殖大学大学院特任教授 武貞秀士氏
変化する北朝鮮社会 対中偏重外交を修正
朝鮮半島問題の専門家で拓殖大学大学院特任教授の武貞秀士氏はこのほど、政治評論家の長野祏也氏が主宰する第13回内外時流研究会セミナーで「朝鮮半島の動向を読む」をテーマに講演し、最近の2度の訪朝で得た最新情報をもとに①北朝鮮の社会は確実に変化しつつあり、中国偏重外交を修正している②日本は戦略的な観点で対北朝鮮外交を進めていくべきだ――などと指摘した。以下は、講演要旨。

たけさだ・ひでし 1949年兵庫県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。防衛省防衛研究所教官、2011年統括研究官を最後に退職。この間、韓国延世大学に語学留学。米スタンフォード大学、ジョージワシントン大学で客員研究員など務める。退職後、韓国延世大教授等を経て現在、拓殖大学大学院特任教授。著書に『金正恩の北朝鮮、独裁の深層』(共著、角川学芸出版)など多数。
8月下旬、アントニオ猪木参議院議員が開催した平壌での国際レスリング大会を観戦しながら、平壌市内と板門店を見学した。10月中旬には3日間、北朝鮮東北部の羅先市を訪問して、農民市場や埠頭などを見学する機会があった。
その時の印象を言えば、北朝鮮社会は確実に変化している。全国に経済特別区域を新設して1年、積極的にモンゴル、カナダ、オーストラリア、中国、香港等の業者に投資誘致の説明をしてきた。ロシア、中国、北朝鮮の三角地帯では、うまくロシアと中国を競争させながら、中国には道路改修をしてもらい、ロシアには鉄道施設の改修をしてもらってきた。羅津港の第1埠頭は中国企業が使用していたが、今は北朝鮮の国営埠頭となり、第2埠頭は老朽化していた。第3埠頭は、ロシアが50年契約を結んで使用していて立派な建物とクレーンが稼働中だった。
羅先市の農民市場では北朝鮮の行商人7000人から1万人が許可を受けて商売をしている。自宅の家庭菜園で作った野菜や海でとった海の幸を売っている。目標値を超える生産物は、市場で売って楽器、シャンプーなどを買うわけだ。すべての価格が中国通貨の元で表記してあり、釣り銭も元で返ってくる。
羅先市の庶民生活は中国経済圏の中に入っているという印象だが、それを隠すわけでもない。朝鮮中央銀行総裁が10月中旬に羅先市を訪問して、経済特別区を視察するという話を聞いた。羅先市の幹部は、外国の企業にとって魅力的な経済開放区の法律の在り方について研究をしていると述べていた。外貨獲得、外国資本誘致を重視していることを実感することができた。
市民生活も変化している。携帯電話が急速に普及し、人口2200万人で250万台が普及している。ただ北朝鮮の人も外国人観光客も自分の携帯電話で国際電話をすることはできない。今年からは外国人旅行客は携帯電話を空港で預ける必要がないが、国際電話をする時は、通信会社の国際電話台に申請をして電話をする仕組みになっている。平壌では一般乗客が外国人観光客と一緒に地下鉄に乗って話をするなど、市民は外国人慣れしているようだ。
食糧生産については、昨年は523万㌧で、今年は豊作だと言っていた。4月、5月に旱魃(かんばつ)で苦しんだが、それを埋め合わせるだけの肥料生産があり、去年の生産高を下回ることはないという。必要な食糧は年間500万㌧といわれている。今年10月の時点で食糧不足ということはない。経済全体では3年連続のプラス成長を記録している。
アメリカとの関係は冷却しているとみられているが、羅先市経済特区に関しては、アメリカの農業視察団10人余りが来ていた。一緒に観光地を回ったが、アメリカからの観光客は珍しくないという話だった。観光客数は7~9割は中国人。その次に多いのはヨーロッパ、そしてアメリカだという。羅先市への日本からの観光客は、7月4日以降、私が5番目というから、非常に少ないといえる。
戦略的な観点で外交を
偽造多い朝鮮族の情報
金正恩第1書記の健康問題が浮上している。夏の終わりから秋の初めにかけて通報される約束だったといわれる拉致問題に関する1回目の調査報告が遅れているが、健康問題が理由の一つであるかもしれない。日朝協議と拉致問題の調査をどう進めて、どのような内容を日本に通報するかというのは金正恩第1書記の決定する事項だから。
北朝鮮の公式報道で「不自由な体であるにもかかわらず、人々を現地でいろいろと指導しておられる」と出ているので、回復には時間がかかる可能性がある。ただ北朝鮮の指導体制に関わるほどの健康状態ではないだろう。その場合は、公式報道には出てくることはない。
9月3日から40日間、金正恩第1書記の写真が公開されなかったことからいろいろな臆測が飛び出した。「権力抗争で軟禁されている」「クーデターがあった」という話もある。これは考えにくい。私は7月初めから10月の初めにかけて北朝鮮に対して2回、ビザ取得と入国許可の申請をした。その間、ビザ(経済特別区は入国許可)の発給が遅れるとかしばらく手続きを停止するということは一切なかった。外国からの観光客は平壌や東北部の観光地を平常通り回っていた。韓国は自国の安全保障と直接の関係がある北の体制を注視しているが、韓国の統一省、国家情報院、韓国国防部の情報機関、大統領府(青瓦台)の安保室等々の記者会見などの説明でもクーデター、権力抗争という情報は一切なかった。
日本では北朝鮮に関するいろいろな情報が飛び交う。金正日総書記の署名入り文書がテレビで報道されたりするが、これらの情報の7、8割が偽造であり、中国朝鮮族が売っていることが多い。センセーショナルな内容が多く含まれているだけに日本ではそれが大きく扱われてしまう。
クーデターとまではいかなくても、熾烈(しれつ)な権力抗争、例えばハト派とタカ派の対立が起きている可能性はないか。その点については、仁川アジア競技大会閉会式に金正恩第1書記の専用機に北朝鮮の軍高官と護衛官が搭乗して仁川に降り立った。これは驚きだった。軍のナンバー2、3、4の人たちが同時に韓国を訪問して平壌を留守にした。内部で異変が起きていたら、あり得ない。
中朝関係だが、北朝鮮は中国偏重外交を修正している。中国との関係が悪化しているとの見方があるが、原油も鴨緑江のパイプラインを通じて年間50万㌧が流れている。中朝貿易は1月から9月までの期間で、4%減にとどまった。張成沢粛清の後でも4%減でとどまっていることの方が目立つ。ちなみに去年は北朝鮮全体の輸出入総額が75億㌦、そして中国と北朝鮮の輸出入の総額が65億㌦だった。
ロシアとの貿易が急速に伸びている。今年4月、ロシアは北朝鮮がロシアから借りた債務のうち100億㌦を返さなくてよいとの決定をした。北朝鮮とロシアとの関係が拡大する中で中朝関係の比重が下がっているということだ。先日も北朝鮮の外相がロシアを訪問して11日間滞在し、両国間の鉄道輸送の活性化を協議した。シベリア鉄道と朝鮮半島縦断鉄道の連結構想は、2000年の第1期プーチン政権の時からのロシアの構想だった。
北朝鮮経済は破綻寸前というわけではない。北朝鮮には大量のレアアースが埋まっているといわれている。公式統計の数字はまちまちだが、北朝鮮には相当の地下資源、マグネサイト、ニッケル、レアアース、金(平壌の近くに戦前、三菱が開発した金鉱山)、鉄鉱石(茂山は露天掘りとしてはアジア最大の鉄鉱山)、無煙炭、有煙炭など、いろいろな地下資源がある。これらは羅津港から日本に輸出することも将来可能だ。ロシアは積極的にインフラ改善で北朝鮮にテコ入れをしてきた。日本が北朝鮮の港のインフラ改善に加わり、経済特区に進出していく時代に備えることは決して悪くない。
北朝鮮には中朝経済関係が緊密化して、北朝鮮の資源が安く買いたたかれてしまったという思いがある。これはモンゴルも同じだ。モンゴルの隣国はロシアか中国しかないが、地下資源は中国との国境沿いにたくさん埋まっていて、安い価格で中国に売らざるを得ない。モンゴルの大統領が去年の10月に北朝鮮に行った。その背景には、中国に安く買いたたかれない地下資源輸出策を立てるために同じ条件にある北朝鮮との対話を行い、かつ北朝鮮の港を活用できれば、ロシアのシベリア鉄道を通って北朝鮮の港から地下資源を輸出できるのではないかという思いからだった。モンゴル、北朝鮮が接近する理由は十分にある。モンゴルはしきりに日本、モンゴル、北朝鮮の3者対話というのを提案している。この流れは、国際化、貿易相手国の多角化を目指す北朝鮮にとっても悪くない。
中国が巧みな戦略的輸出政策を取ってきた結果、周辺関係国が国際関係の見直し、友好関係、同盟関係、貿易相手国の組み替えを開始したところだ。その中で起きている微妙な日朝関係の変化、日朝協議の雰囲気というものを注視しなければならない。日本人が「北朝鮮って嘘(うそ)ばっかりついてきた。拉致問題は、向こうが東京に来て説明すべきなのに、どうして日本の政府関係者が平壌に行かなければならないのか」と構えていたのでは、「木を見て森を見ず」ということになり、拉致問題解決が遠のいてしまう。
相手の懐に飛び込んで「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という発想で、北朝鮮の扉をこじ開け、取れる情報は取る。そしてまずは矛盾点を突く、そのための日朝協議なのである。これからの日朝協議においても、言うべきことを言うという姿勢を大事にしたい。
日本が7月4日に三つの制裁緩和をした時、サービスし過ぎだという意見が出た。人的往来規制緩和、送金の規制緩和、人道目的の貨物船寄港許可の三つである。これを機会に北朝鮮の貨物船が何かを積み込もうとして日本に来たかというとそうではない。制裁緩和はこれからの成り行き如何(いかん)では制裁を復活する選択肢を日本が獲得したと思えば、損な話ではない。日本にとって日朝関係とは、拉致問題を含む人道問題、国交正常化問題、経済交流問題という三つの項目と、互いの不信感をなくすための安全保障対話も必要だろう。日本は国際的視野を持ち、積極的、戦略的な観点から対北朝鮮外交を展開していくべきだ。