「従北」に甘い韓国社会

「歴史」清算論絡んで民主化/保守派に「親日」攻撃続く

 「従北」とは韓国で北朝鮮を擁護したり、時には北朝鮮の意向に沿って韓国内で積極的に行動する勢力をいう。

 これに対して、「親日」とは日本植民地時代に日本統治に従い、当時の「日本国民」として行動したり、官吏や軍人になった者たちがそう呼ばれる。もちろん、積極的に統治者に阿(おもね)って私腹を肥やした者もいただろう。

 韓国では「親日法」(親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)が2005年、盧武鉉(ノムヒョン)政権のときに制定され、もっぱら「私腹を肥やした者」から財産を国家が取り上げるという乱暴なことが行われた。

 革命直後に旧体制の者たちが断罪される―ということはありうるだろうが、既に植民地解放から60年が経って、いまになって「対日協力者」の財産が没収されたのだ。そうなると、当事者たちはほとんど亡くなっているため、子孫がいきなり財産を奪われることになる。遡及法を禁じた近代法に逆行する措置だった。

 だが、韓国社会はこの遡及(そきゅう)法に反対するどころか、むしろ当然視し歓迎した。政権も国民の“報復感情”を煽(あお)った面もある。

 そして本当の狙いは「左派」の盧武鉉政権が「保守派」を牽制したものというのがもっぱらの見方だ。特に朴槿恵(パククネ)氏が大統領候補として浮上してきたことへの対抗策といわれた。父親が陸軍士官学校を出た旧満州国軍の将校だったからである。

 韓国では「歴史」は過去ではなく、現在を闘う材料であり、武器であり、原因である。左派が保守派を攻撃する材料として「過去」を持ち出したのが上記の「親日法」であり、今日も続けられている「親日」叩きだ。

 元「月刊朝鮮」編集長で保守派を代表する言論人、趙甲済(チョガプジェ)氏が主催するネットメディア「趙甲済ドットコム」で「なぜ従北が“過去のもの”である親日派を叩くのか」を載せている。

 趙氏は、まず親日派について、「当時、韓国人としては、独立運動して監獄で死ぬか、実力を蓄えて独立準備をするかの二者択一しかなく、積極的に日帝の手先になった韓国人はいたがごく少数だった」と述べる。おそらく、それが実際だっただろう。

 事実、彼らは独立後、「日帝から習った知識、技術を駆使して」大韓民国建国に投身した。それは過去の所謂(いわゆる)「親日」行為と言われるものがあったとして、それを相殺しても余りある貢献だと言えるだろう。

 だが、従北派の攻撃はそうした貢献を無視して行われる。この理不尽さを趙氏が取り上げたのだが、直接のきっかけは首相候補となりながら、意図的な曲解で「親日」と攻撃され、候補から降りた元中央日報主筆の文昌克(ムンチャングク)氏「落馬」騒動だった。

 従北派は少なからず韓国建国とその後の発展に貢献した人物を、日帝時代に「生きた」という理由で断罪し、彼らが築き上げ発展させた民主国家韓国の恩恵を受けながら、その功労者を攻撃している。

 その一方で、北朝鮮の「民族反逆者と虐殺者の肩を持つ」「情報化社会で北の悪行をすべて知りながらも非難しない」「にもかかわらず、既に亡くなった『親日』を攻撃し、生きて『従北』している者は不問に付す」のだ。

 さらに「過去」だけではなく、「いまの日本を評価しても『親日』と罵る」と趙氏は指摘する。従北派の狙いが現時点で進めている「謀略」であるからだ。

 従北派の謀略や“非難逃れ”がこれほど明白なのに、どうして韓国社会は従北派に甘く、保守派を厳しく攻撃するのだろうか。ここに韓国の「過去に囚われ、思想で分裂した」現状がある。

 「親日」の流れを汲む保守派に抗して民主化を主導してきたのが「左派」であり、だから「過去を正し、歴史を清算できるのは左派」だという論理だ。韓国が歴史を抱えて現在の政治闘争を行っていることを伝える記事だ。

 編集委員 岩崎 哲