韓国旅客船事故の後遺症、朴槿恵大統領に批判の矛先

疎通不足、独善的と与党から

 韓国の旅客船セウォル号沈没事故は、韓国民をして「積弊」を問い直す契機となっている。安全管理や救援体制、危機管理がでたらめだっただけでなく、利己的で責任感の欠如した船長の姿が、先進国を自認していた韓国民をどん底に叩き落とした。自身を「第三世界」並みの民度だと卑下する一方で、事故をもたらした原因を「官民癒着」「安全よりも経済優先」姿勢に求め、韓国社会の根本構造と体質を改めねば、という議論になっているのだ。そして、いま矛先は朴槿恵(パククネ)大統領に向けられている。

 高い支持率を保っていた朴大統領が「就任後、最大の政治的危機に直面している」(月刊中央)。1年目を無難に乗り切り、今年に入って「統一大当たり」論、「統一準備委員会」設置、ドレスデンでの「韓半島平和統一のための構想」など、矢継ぎ早に南北統一政策を打ち出してきた。2年目の重点政策を南北関係に絞っていたのだ。

 しかし、その矢先の大事故は統一構想の大きな躓(つまず)きとなっただけでなく、早くも朴大統領の「レイムダック化」までが口の端に上るきっかけとなってしまった。普段から「疎通」(政府・与党、国民との意思疎通)が足りないと批判されていた朴大統領の指導力が真剣に問われてきているのだ。

 「月刊中央」(6月号)の「揺れる大統領のリーダーシップ」の特集記事はそうした韓国社会の風向きを象徴したものだ。

 朴大統領は野党時代、党改革委員長を引き受けて、崖っぷちに立たされていた党を躍進に導き救ったことがある。以来「選挙の女王」と呼ばれ、「抜群の現場感覚」を持つと評価されてきた。だが、今回の事故ではその「現場感覚」が生かされなかったわけだ。

 「国民への謝罪」が遅れたこと、不要な現場訪問、責任者を公然と叱責、拙速な組織改編などが国民の反発を買っている。

 同誌は、こうした朴大統領のスタイルを「几帳面で細かいところまで自分でチェックしなければ、気がすまない人」と紹介する。そして、「周辺で政治的助言をする参謀より、指示事項を忠実に履行する官僚スタイルの参謀がより似合う」と分析している。いわば、「独善的リーダーシップ」だというのだ。

 こう指摘するのは「康元沢(カンウォンテク)ソウル大学教授」で、その結果、補佐官ら大統領府スタッフには大統領に「疎外感」を感じている人物も少なくないという。「自分は指示を履行するだけ。何の権限もない」と打ち明ける秘書陣もいる。

 面白いのは、同誌が「韓国の官僚社会は問題が生じれば最小限の行政行為だけしようとする属性が強い」と指摘している点だ。官僚は政権全体や国全体を考えず、いわば法に則(のっと)るだけ、指示を実行するだけで、「責任意識に欠け、保身が念頭に来る」存在だということだ。

 これは官僚ならば、どこの国も似たり寄ったりだろうが、韓国の場合、その傾向がより強いのかもしれない。海洋警察の対応もそれをよく表している。「下手に動いて、問題でも起きれば、責任を問われるとして、最小限の行為に終わった」というわけだ。

 同誌は与党セヌリ党のセウォル号対策委員長を務めている沈在哲最高委員の言葉を紹介している。沈議員は、「大統領は頼むから『萬機親覧』するのはやめて、責任内閣制・責任大臣制を考えてほしい」と求めた。「萬機親覧」とは王があらゆる裁定を行うことだ。

 与党内からも大統領への批判が出てくる状況は、「就任2年目で早くもレイムダック化」が現実味を帯びていることを象徴している。朴大統領が事故処理と制度改革、体質改善を誤れば、その可能性もないわけではない。

 共和制は大統領という強いリーダーが指導力を発揮する政治体制である。そのことが仇(あだ)となって、政府機能の無能化をもたらしたとするなら、まさに皮肉としか言いようがない。

 編集委員 岩崎 哲