韓国の教科書論争


日本より深刻な「左偏向」

 「歴史教科書問題」は韓国でも深刻だ。特に解釈の分かれる近現代史では、体制の異なる同族分断情況を抱え、左右の思想的対立が教科書記述に持ち込まれていることから、一つの事象がまったく異なって描かれ、教育に大きな混乱を招いている。

 1980年代に学生運動を担った「左派」勢力がいまやマスコミ、労働運動、教育、企業、公務員など社会の各層に浸透して社会を動かす主流層を形成している。中でもメディアや出版では彼らの思想的傾向が直に反映され、結果「左偏向」教科書が出回った。

 韓国の歴史教科書(韓国史)は2002年まで「国定」で1冊だけだったが、教科書内容が次第に左派歴史観だけを反映したものになったのを受けて、李明博政府は「検認定」制に変え、複数の教科書が採用される道を開いた。

 その結果、最近では保守系の執筆者による「韓国史」(教学社)がいくつかの学校で採用されたものの、左派の妨害で取り消され、結局、保守系教科書は1冊も扱われなくなり、検認定制の趣旨は反映されていない。

 危機感を抱いた「左偏向教科書対策委員会」など保守系団体が検認定を通った8種の韓国史教科書を検証し、3月5日にソウルで分析報告会を行った。この時の様子を「月刊朝鮮」(4月号)で元同誌編集長の趙甲済(チヨカプチェ)氏が伝えている。

 それによると、8種の内5種を「左偏向」と分類した。これらは「階級闘争史観に基づいて記述してあり、公正性が欠如して」いた。そう判断した基準は「▲失敗した北の土地改革を美化▲主体思想を宣伝▲大韓民国を合法政府とした国連決議否定▲延坪島砲撃、天安艦爆沈など4大対南挑発の不記載▲教育部の修正勧告拒否▲反韓反米記述」だったという。

 具体的事例として、斗山東亜の教科書では1994年の「ジュネーブ合意」がなし崩しになった経緯を挙げている。「対北強硬派のブッシュ政権がスタートして、米朝関係は悪化した。ブッシュ政権は核開発疑惑を提起し、重油供給を中断した」として、ブッシュ政権誕生が契機のような記述になっている。

 だが事実は「北がジュネーブ合意を破って秘密裡に核開発を行っていたことが発覚した」ことが原因だ。「疑惑」ではなく、北自身も認めた「核開発」であり、合意が破られたために「重油供給」が止められたのである。

 歴史教科書が問題となるのは、2017年から大学修学能力試験(日本のセンター試験に相当)の必修科目になるからだ。正反対の回答が出ても、検認定を通った教科書に基づくものであれば正解とせざるを得ない。「二重正解」になり混乱が生じるのだ。

 こうした問題は教科書だけではない。同誌(4月号)に「小中高図書館の蔵書分析」の記事がある。それによると、左派系執筆者の図書が多いことが分かった。

 同誌が象徴的に取り上げるのが「金日成と満州抗日戦争」だ。同書は和田春樹東大名誉教授の著作である。「普天堡が金日成の代表的な抗日闘争だ」としているが異論も多い。実際は小規模な突撃隊が「派出所を襲撃した」にすぎず、北朝鮮によって「過大宣伝されているというのが定説」なのだが、これを韓国で「良心的知性」と呼ばれる和田氏が取り上げたことで“権威付け”された。

 同書自体は多くの学校図書館にあるわけではない。だが、同誌は「普天堡が代表的な抗日闘争」と記述する教科書が出てくる以前から、同書が図書館に存在していたことが問題だと指摘し、「仮に全量調査すれば、相当数の問題本が存在するだろう」と述べる。

 実際、「21C未来教育連合」が全国の小中高255校を対象に調査した結果、建国の大統領・李承晩(イスンマン)を主題にした図書が96冊なのに対して、金正日(キムジョンイル)を主題にした図書は134冊にもなることが分かった。

 左派の「全国教職員労働組合(全教組)所属の教師が学校図書購買に影響力を行使しているため」だという「現場教師たち」の声を同誌は伝えている。

 元国会議員らを中心に、こうした学校図書の現状に危機感を覚えて、調査する動きもあるが、全教組教師の数と活動に追い付いていけないのが現状だ。児童・生徒が“正しい歴史”を学ぶ環境はなかなか整えられそうもなく、教科書論争は日本よりも深刻だ。

 編集委員 岩崎 哲