英のEU離脱で「シティー」争奪戦

 英国の欧州連合(EU)離脱交渉が始まる中、離脱後を見据えた在ロンドン金融機関のEU域内への移動計画にEU加盟各国の熱い視線が向けられている。特にフランスは金融界出身のマクロン大統領が、経済効果だけでなく、失業対策にも有効として誘致合戦に名乗りを上げ、強い意欲を見せている。(パリ・安倍雅信)

仏は新金融ハブで雇用創出目指す
独、アイルランドが先行

 フランスのフィリップ首相は7月11日、仏金融業界のロビー団体、パリ・ユーロプラス主催の年次フォーラムの席上、英語でスピーチし「ブレグジット(英国のEU離脱)後、パリを金融ハブでナンバーワンの地位に押し上げたい」と述べ、金融や企業活動にとってパリを今より魅力的にすると述べた。

メルケル氏(右)とマクロン氏

7月13日、パリのエリゼ宮で、メルケル独首相(右)を出迎えるマクロン仏大統領(AFP=時事)

 英国にEUの本拠地を置く銀行などの金融機関は、ブレグジットによりEU域内で営業するための新たな「単一パスポート」が必要になる可能性が高く、EU域内に本拠地を移管する計画が進められている。7月27日付けの英経済紙フィナンシャル・タイムズは、その計画が明らかになりつつあることを伝えている。

 すでにみずほ、大和、野村、三井住友などの日本の金融機関は、フランクフルトに新たな拠点をつくる方針を示している。また、米大手銀行のシティーグループとモルガン・スタンレーもフランクフルトへの拠点移動を明らかにしている。

 今のところ移転先では、ダブリンを中心としたアイルランドに19機関、フランクフルトに18機関が決まっており、パリは大きく引き離され、オランダやベルギーも積極的姿勢を見せている。さらに大陸欧州の金融拠点であるルクセンブルクにも可能性がある。

 ダブリンは英語圏の強みとロンドンへの近さ、フランクフルトは欧州中央銀行(ECB)があり、ドイツ金融ビジネスの中心地というメリットがある。非英語圏への移転ではビジネスマン家族にとって、特に子供の英語での教育機関の整備も重要な判断材料になる。

 フィリップ首相は、インターナショナル・スクールの増設を約束している他、受け入れの障害となる被雇用者寄りの解雇や労働時間に関する労働法の改正や給与税の軽減を表明。金融取引の課税拡大の中止、金融ビジネスの係争を英語で対応する裁判所の設立も準備している。

 フランスにとっては、パリが新たな金融ハブになることは、雇用創出と密接に関係している。国内のビジネススクールなどを卒業し、現在ロンドンで働く優秀な人材を呼び戻すことにも繋(つな)がる。

 フランスの大手金融機関が、従業員約1000人をロンドンからパリに移管する計画があることを、7月21日の仏銀行連合会(FBF)とルメール仏財務相との会談で明らかにした。ブレグジットは間接的にも最低3000人の雇用創出を生むと予想している。

 FBFは、ユーロ圏内で展開する上位9行のうち、4行の金融機関がパリを本拠とする方針を出しているとしている。英大手銀行ではHSBCがパリへの移管の方針を出しており、1000人のトレーダーがパリに移動する可能性もある。

 投資銀行出身のマクロン仏大統領は、ブレグジットを好機と捉え、ロンドンのシティー(金融街)に集中していた金融機関のEU本拠地のパリへの移管を、フランスの景気浮揚、雇用創出に繋げたい考えを表明し、意欲的に取り組んでいる。

 しかし、フィナンシャル・タイムズ紙は、EUが英国との利害関係を維持するため、金融アクセスを従来通りとすれば、状況は異なるとしている。実際、ロンドンに拠点を置く大手金融機関は大規模なEU域内への移動には慎重な姿勢であることも伝えている。

 ブレグジットで英国から移動するのは金融機関だけではない。日系企業の多くはEUの本社機能をロンドンに置いているが、今後を見据え、移動を計画している企業は少なくない。仮に交渉の結果、ハードな離脱となった場合には、関税の発生などで英国内の製造拠点を大陸に大挙して移動させる可能性も消えていない。

 一方、移転先の有力都市フランクフルトは、独経済紙ベルゼン・ツァイトゥングによると、オフィス需要が過去最高水準になると予想され、2017年上半期のオフィス物件賃貸契約額が、前年同期比で36%増の約20億ユーロに上っていると報じている。ダブリンはオフィス不足解消が緊急課題となっている。