欧州に広がるケルン事件の波紋

難民流入、制限強める

 2015年、100万人以上の難民が押し寄せた欧州は、人道的観点からの支援の限界に達し、欧州各国は難民受け入れ制限の強化に動いている。デンマーク議会は、難民の所有財産を没収し、彼らの保護費用に充てる法案を可決し、難民の玄関口のギリシャは、十分な対応をしていないと非難され、強い不満を表明している。(安部雅信)

OECDの支援要請も響かず

 パリに本部を置く経済協力開発機構(OECD)は1月28日、国連難民弁務官事務所(UNHCR)と共同で会議を開催し、欧州各国政府に対して、押し寄せる難民たちが社会に適応し、経済に貢献できるよう、さらなる支援を行うよう呼び掛けた。

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1月13日、デンマークのコペンハーゲンで、当局に難民申請者の所持金没収などを認める法案を審議する議会(AFP=時事)

 UNHCRによれば、昨年1年間にイラクやシリア、アフガニスタン、北アフリカなどから地中海を渡り、欧州にたどり着いた難民は、100万人を超えた。この数字は前年の2014年の2倍に達し、過去最多であり、OECD加盟国に亡命申請を出した総数は150万人に達した。

 それに対して、難民審査で承認されている数は、欧州連合(EU)28カ国の総人口の0・3%にしかすぎない。さらに昨年秋から、EU加盟国の中には、難民の自由な往来を阻止するため国境沿いにフェンスを張り、受け入れ制限を強化する国も増えている。

 北欧のデンマークの議会は1月26日、難民流入を抑制するため、難民申請を行った人たちが所持している一定の金額を超える現金や所持品を徴収し、保護費に充てる法案を賛成多数で可決した。昨年、2万人以上が難民申請しているデンマークでは、難民保護の予算が国家財政を圧迫しているとの懸念の声が高まっている。

 一方、ドイツ西部ケルンでは、大晦日(みそか)の夜に100人以上の女性が、数百人の難民の男たちによって性的暴行や窃盗の被害を受ける被害届けがあり、その他の都市でも、同様な事件が起き、波紋が広がっている。EUで最も経済力のあるドイツには昨年、100万人近い難民が押し寄せた。

 メルケル独首相は昨年暮れ「大量の難民流入と社会統合が引き起こす問題に適切に対処すれば、必ず明日へのチャンスになる。ドイツはそれに対応できる強い国だ」と強い覚悟を表明したが、事件はその直後に起きた。同事件が起きて以降、難民受け入れに不安を感じるドイツ国民が増え、与党政権内でも、流入を抑制する意見が強まっている。

 そのため、メルケル首相は、法の秩序を侵す者を国外追放にする審査を強化することを国民に約束せざるを得なくなった。同国では禁錮3年の有罪が確定した場合、難民の地位剥奪と国外追放の審査が行われている。だが、与党のキリスト教社会同盟(CSU)などメルケル政権内部から「国外追放の条件となる禁錮刑の最低期間を1年に短縮すべき」とか「ケルンで起きたような犯罪では、即座に国外追放にすべきだ」といった意見が出ている。

 実は、同事件は他の欧州諸国にとっても今後、大きな社会問題に発展する可能性が指摘されている。移民を積極的に受け入れてきたデンマークでは、難民男性を対象に性犯罪防止の研修会を行っているが、イスラムの戒律が厳しい国からの難民ほど、同国の白人女性の開放的服装から性的刺激を受けている実態が明らかになった。

 あるシリア難民の男性は「デンマークの白人女性の服装は、男を誘っているとしか見えない」と語り「彼女たちは、もっと慎み深い格好ができないのか」と、逆に不満を表したりしている。イスラム色の強い保守的社会で育った男性たちの適応の難しさを表した象徴的な出来事だと言えよう。

 今年1月にUNHCRのトップに就任したばかりのフィリッポ・グランディ氏は、OECDの会議で「難民が受け入れ国で、社会、経済、文化的生活を送る一員となるためには、難民が権利と機会の平等の価値に到達する必要がある。そのために国は、難民たちが前向きに同化プロセスに取り組めるようサポートする重要な役割がある」と述べた。

 OECDは、EU加盟国に対して、これまで培った移民・難民受け入れのノウハウを最大限活用し、言語教育や職業訓練、専門教育、経済的自立などを、国を挙げて取り組むよう呼び掛けた。また、人道的観点からだけでなく、難民たちが受け入れ国に適応できれば、国家に貢献できる内容が大きいことも強調した。

 しかし、現実の欧州内の空気は、難民流入への懸念の方が強まっている。昨年11月13日にパリで起きた130人の犠牲者を出した同時多発テロは、その実行犯の中に、難民に紛れてギリシャから欧州に入ってきたテロリストがいたこともあり、難民受け入れのマイナス面が懸念されている。

 今年に入り、極寒にもかかわらず、地中海を渡る難民の数は減っていない。玄関口となっているギリシャに対して、他のEU諸国はギリシャの審査の甘さを非難しているが、ギリシャも手いっぱいの状況だ。難民に対する今後のEU諸国の対処は予断を許さない状況だ。