政治的苦境脱した独首相、難民問題めぐる演説で感動呼ぶ
「大きなことをやり遂げるのが民族のアイデンディディー」
党大会で民族の誇り訴え
ドイツに殺到する難民対策で一時、苦境に陥ったメルケル首相が蘇(よみがえ)ってきた。カールスルーエ(独南西部)で開催された与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党大会でメルケル首相は「難民受け入れ最上限」の言葉こそ避けたが、「国民が納得できるほど難民数を減少させなければならない」と述べ、難民受け入れで柔軟姿勢を示す一方、「ドイツは戦後、廃虚から経済大国に発展し、東西分裂した民族を再統一した。大きなことをやり遂げるのが民族のアイデンティティーだ」とドイツ民族の使命を強調し、党員の理解を求めた。感動を呼んだメルケル首相の党大会の演説内容を紹介する。(ウィーン・小川 敏)
欧州連合(EU)の盟主ドイツの首相を10年務めたメルケル首相は14日、与党CDU党大会で「欧州では今年1年間、多くのことがあった」としみじみと語りだした。今年1月7日に起きたイスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件、3月にはジャーマンウィングス機の墜落、夏にはシリアやイラクから難民が殺到、11月には再び「パリ同時テロ」が生じたばかりだ。そのたびにその政治手腕が問われたメルケル首相だ。その首相も 難民問題では党内外から批判にさらされて、その支持率にも陰りが見えだした。メルケル首相が初めて体験する自身の政治生命の危機だった。
カールスルーエで開催されたCDU党大会で、メルケル首相は再び蘇ったのだ。CDU党大会は難民問題で揺れる党内の結束を引き締めることができるかがメルケル首相の課題だったが、それを見事に達成したのだ。メルケル首相は党内の結束を強化する一方、政権パートナー、社会民主党(SPD)との違いがどこにあるかを内外に改めて明らかにしたのだ。それは明確な政治信念と決断力だ。
独週刊誌「シュピーゲル」電子版は「メルケル首相はCDU党大会の勝利者だった」と評価している。メルケル首相の難民政策を批判してきた「キリスト教社会同盟」(CSU)のゼーホーファー党首ですらメルケル首相の手腕に一目置かざるを得なかったのだ。
難民問題では今年、ドイツに100万人の難民が殺到した。メルケル首相が8月末、「ダブリン条項を暫定停止してシリア難民を受け入れる」と発言したことが発端となり、シリアやイラクから大量の難民がバイエルン州に殺到した。同州のゼーホーファー州知事(CSU党首)は「われわれはもはや受け入れることはできない」と不満を吐露し、メルケル首相に難民の受け入れストップを要求する一方、それができないのなら「難民受け入れの最上限を明らかにすべきだ」と迫った。CDU、CSU、SPDの3党から構成されたメルケル連合政権が大きく揺れた瞬間だ。CDU党内からも首相の難民対策をあからさまに批判する声も出てきたのだ。以前のCDUでは考えられない状況だ。
それではメルケル首相は、党大会で批判の声に妥協して難民受け入れの最上限を表明したのか。否だ。首相は「困窮下にある難民の収容は欧州の義務であり、ドイツの義務だ」と改めて強調する一方、「国民が感じることができる程度に難民の数を減少させなければならない」と述べたのだ。メルケル首相の発言は「最上限表明」ではなかったが、党内外ではメルケル首相は自身の信念を守る一方、ドイツ国民が願っている難民受入れ数の軽減を表明したと受け取られて、歓迎された。
それだけだったら、党員がメルケル首相に長い拍手喝采を送ることはなかっただろう。メルケル首相は「ドイツは大きなことをやり遂げることが民族のアイデンティティーだ。戦後、廃虚から経済大国となり、東西に分裂したドイツ民族の再統一を実現してきたことでそれは実証済みだ」と説明し、民族の誇りを想起させた上で、難民収容問題でも解決できるという自信を再度強調したのだ。
メルケル首相が演説を終えると、10分間ほど喝采が続いた。感動気味の首相は「ありがとう、ありがとう。われわれにはしなければならない仕事が残っている」と述べて、その指導力を改めて誇示したのだ。
ゼーホーファー党首は翌日、CDU党大会にゲスト参加し、「メルケル首相に最上限の表明を求める点では変わらないが、最上限うんぬんの表現については言語学者に委ね、国民には難民の数が減少したと感じさせるべきだ」と述べ、メルケル首相の発言に同意している。
ちなみに、党大会では党指導部が提示した難民政策に反対した党員は2人にすぎなかった。メルケル首相は「欧州は今、その真価が問われている」と述べ、難民危機を乗り越える強い決意を表明している。